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ひとつ恋でもしてみようか

いつも同じようなことを言っている

幻の公園

コーヒー屋を後にして散歩していたら、ある公園のことをふっと思い出した。

 

いまからどれくらい前のことだったかは思い出せないのだが、家から一駅分くらい離れたところをひとりで歩いていたら、とても感じの良い公園に出くわした。でも公園に入るのはまた今度にして、その場を後にした。たぶんその頃はずいぶんと寒い季節で、しかも自宅からの距離を考えるとその時点でだいぶ距離を歩いていたからだ。僕は疲れていた。

 

あのころの僕はいまと同じく無職でやたらと徘徊していた。散歩ではなく徘徊だ。いつどこを歩いたかなんてまったく覚えていないし、その時間はひとつもタメにならなかった。

 

あれから何度も徘徊したが、僕はその公園にたどり着けなかった。いや、そこを目指したことはその後いちどもなかったのだから、「たどり着けなかった」わけではない。

何度も自宅の半径4キロを徘徊したが、その公園に巡り会うことは二度となかった。歩いているとき、なんのきっかけもなくふっと思い出されるだけの公園だった。たぶん高台にあった。東京の夜景が遠くに、しかしくっきりと見える、小さな公園。公園を思い出すたびに、記憶に対する自信はなくなり、あの公園は夢で見たのかもしれない、と思うようになっていた。

 

こないだもその公園のことを、ふっと思い出したのだった。でもその日は僕の隣を歩く人がいた。だからそれは徘徊じゃなくて散歩だった。

 

彼女にその公園のことを話してみた。ちょっとふざけて「幻の公園の話なんだけどさ」と言ったら彼女は「恐い話だったら止めて」と怯えていた。恐がりなのだ。

恐い話じゃないよ、と断ってから「幻の公園」のことを説明した。それを聞くと、さっきまで不安げだった彼女はまん丸な目を輝かせ僕を見上げて、「そこ探すよ!」と言った。表情がころころ変わるのだ。

 

桜は咲きはじめたが日が暮れはじめると案の定肌寒い。そういえば彼女は珍しくアイスコーヒーを飲んでいた。温かいお茶を自動販売機で買い、カイロがわりにポケットに突っ込み、そのなかで手をつないだ。暖かい陽の光にそそのかされた僕はコートの下にはTシャツ1枚しか着てなかったので寒かった。

 

彼女はスマートフォンとにらめっこしながら、近辺の公園を挙げていった。幻の公園に関する情報は、高台にあること、小さいこと、近くに酒屋があったこと、の3つだけだった。この辺りには公園が点在しているので探すのは大変そうだった。彼女いわくこの辺りは公園が多いらしい。東京に長く住む彼女の言うことだから間違いないだろう。もうすぐ夜になるから、そう長くは歩けない。時間との勝負だ。彼女は「探検だ」と言った。散歩が探検になった。

 

と言いつつ、途中で立ち寄った大きく横に枝を伸ばした桜の木のある公園で遊具に登った。小塚のような膨らみのうえでふたり突っ立っていると、老婆が国道への道のりを尋ねてきた。僕はこの辺りに住んでいるにもかかわらず案内できず、彼女のスマートフォンに頼ってしまった。

 

ふたたび歩きはじめたとき、「幻の公園」の近くに郵便局があったような気がしてきたので、彼女に伝えた。「幻の公園」を通り過ぎてからその郵便局で仕送りを引き出そうとした記憶も同時に蘇っていた(夜だったのでATMはとっくに閉まっていたことも思い出す)。

彼女が地図アプリで近くの郵便局を検索すると一件ヒットした。ちょっと離れたところにだが、公園もある。でも記憶のなかの公園よりも3倍くらい広い。

 

そこへ向かう。途中で目指す公園と同じ名前(というかその公園もまたその地区の名前をもらっている)の銭湯を見かけ、あったまってからでも遅くないよ、と提案したのだが、彼女は拒否した。

 

やがて僕は公園の近くにあったはずの酒屋を見つけた。でもマップ上で目指している公園からはちょっと距離がある。僕の記憶では公園の真向かいにあるはずだったので不安になった。が、先に祝杯をあげようということで、350mlの缶ビールを一本買ってふたりで飲みながら公園を目指した。

 

2回くらい道を曲がると、その公園はあった。幻じゃなかった。

 

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思っていたよりもずっとしっかりした公園だった。すべり台も砂場もあった。というか高台にあるこの公園、実は傾斜を利用した三層構造になっていて、石階段を降りると、真ん中の段はちょっとした広場になっていて、最下段にはブランコやシーソーまであるのだ。最上段の縁から見た東京の景色は記憶と一致した。

柵に持たれてその景色をふたりで眺めていると、上品な男の子が石段を駆け下りていった。同じく上品な彼の母親が階段のうえで待っていた。昼間遊んでいて忘れて帰ったのであろうジャンパーを拾った男の子はすぐに階段を上がって戻ってきた。母親は「見つかってよかったね」と言う。

 

僕の記憶とは違って、その公園のふたりがけのベンチは景色に面していなかったので、僕はひとり用の石の椅子に腰掛け、彼女を太ももの上に腰掛けさせた(他に人はいなかったので許してほしい)。僕の腹にあたる彼女の背中はあたたかった。

探検の目的を達成した彼女は僕よりも嬉しそうに見えた。喜びを人に伝えられる人なのだ。多分、自分の感情を上手に伝えられるように練習したんだろうな、と僕は思う。彼女は本質的には不器用な人なのかもしれない。

暖かくなったら弁当持ってまた来ようね、と彼女は言った。

 

公園を出て少し歩くとさっきの老婆が目指していた国道に出られた。気まぐれに入ったインテリアショップで、おそろいの安物のマグカップを買った。このカップでコーヒーを飲むたびに探検のことを思い出すのだろう。こんな風に買物をするのは初めてで、とても素敵なことをしたように思えた。

彼女といるとこういうキザな行動がちょっぴり背伸びをした生活の延長線上にあるかわいらしい行為に感じられるので、彼女といる時間を僕はとても気に入っている。