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ひとつ恋でもしてみようか

いつも同じようなことを言っている

便座だけが、今もおれを感じてる

おしっこしながら、さっき買ってきたブロスの大森靖子×最果タヒインタビューを読んでた。この部屋に住むのはおれひとりだから、立ちションしようが座りションしようが文句を言ってくる人間はいないのだけど、個人的に座りションのほうがラクだから座りションすることもあるんだけど、さっきは立ちションだった。立ち読み立ちション。座りションしながら文章読んでたら、足しびれちゃうしね。ウンチしながら本読んで30分くらい座りっぱなしだと足ビリビリし過ぎて立ち上がれなくなってしまうことってありますよね。そういうときは、這って、ワンルームに戻る。




中学3年生。あの頃のおれは、じぶんの通ってる中学も、そこに通ってる生徒たちも大嫌いで、はやく高校に上がりたくてしょうがなかった。だから同じ中学の嫌いな連中が進学するような地元の高校ではなく、地域では進学校と言われている高校を目指した。担任の先生はおれの内申点を見て「あの高校は無理だからひとつランク落としてみない?」と言ってて、そんなの受け入れられなかったおれは、もし第一志望に落ちたら商業高校にでも進学するんで大丈夫です、と言って強行受験した。あるいは毎年募集人数足りてない商業高校の方がべっぴんさん多かったんで、落ちてそっち行ってもいいや、なんて思ってたけど。


内申点は悪かったけど、入試テストの成績が奇跡的によくて、おれは無事第一志望の高校に受かった。忌々しい中学の3年間もこれで報われる、と思ったものだった。頭のわるい連中の理不尽な言動に悩まされる日々もこれで終わりだと感じて清々しかった。



通っていた中学はおれの住んでいた地域の中で突出してワルかったわけではないけれど、おれには耐え難い人間たちが、それなりにいた。タバコ吸ったり酒飲んだりケンカしたりするやつら。しかも運の悪いことに彼らはおれの所属していた部活に集中していて、だからムダに「正義感の強かった」おれは彼らと衝突してばかりだった。かといってケンカは弱くていつもボコボコにされたんだけど。馬乗りになって右ストレート左ストレート往復で両頬に食らわされたり、しゃがんでるときに顔面蹴り上げられたり、首絞められたまま顔を真正面から殴られまくったり……。今でもたまにケンカする夢を見る、おれのパンチはいつも腕が伸びきる前にふにゃんとして相手の顔まで届かない。


とはいえ、彼らとはうまくやっている季節もあって、そういう時期にいっしょになってちょっとした悪さをして先生に呼び出され叱られることがあった。破綻した論理でもって先生がおれらを叱っているとき、「それはおかしい」とおれが言ったら説教が長引いた。けっきょくおれだけビンタもらって説教は終わった。いちおう言っておくと、「破綻した論理」で怒られているという記憶があるだけで、先生の論理が実際に破綻していたのかどうかは、もはや覚えていない、徹頭徹尾、間違ってたのはおれだけだったのかもしれない。


驚いたのは長い説教が終ったあとで、彼らの中でもリーダー格だった男はおれに「おまえさ、ああいうときは黙って反省してるフリしろよ。そのほうが説教もはやく終わるんだから、今度からは歯向かったりするなよ」と言う。


こいつらは大人に歯向かいたくてヤンキーやってるんじゃなくて、純粋にヤンキーを楽しんでるんだと知って、おれは愕然とした。彼らの方がおれよりも一枚にも二枚も上手だった。
しかし、そんな事実は受け入れがたいから、おれは彼らにも先生にも勝手に敵対して、ただただそのとき居た中学校がクソだと結論づけ、まともな人間しか行かない高校に行くぞ、と決意したのだった。


そうして「まともな人間しかいない」高校に行けて、高校生活はそこそこ楽しく最後まで過ごすことができた。だから、おれにとって中学校が居心地の悪いものだったことは、今となっては良かったことだと思っている。もし受験に失敗して商業高校に行ってたら、東京の大学通うことはなかっただろうし。




中学の卒業式の2,3週間前、おれは学校のトイレの掃除用具入れに隠れていた。それは給食のあとの掃除時間中のことで、午後の授業を受けたくなかったおれは、当時買ってもらったばかりのケータイで母に「早退するから車で迎えに来てください」とメールして頼むために、そこに隠れたのだった。中学校はケータイ禁止だったからどこかに隠れてメールしなくちゃならなかった。
とはいえ、別に掃除時間中は教室に先生がいるわけじゃないし、教室でやっても構わなかったんだけど、他の生徒に「あいつ人目をはばからずにケータイ使ってイキがってんな」と思われるのがイヤで、掃除用具入れに隠れたのだった。おれはあのときトイレ掃除担当で、いっしょに当番やってた友人はその日学校を休んでいた。


掃除もそこそこに用具入れに隠れてメールをしこしこ打ってると、とつぜん箱の中が明るくなった。びっくりしてケータイから目を離すと目の前には小学生の頃に大げんかして以来、話したことのない男が立っていた。彼も目を丸くしている。
間髪入れずに彼は「いま、かくれんぼしてて」と言って目をそらした。彼も掃除用具入れに隠れたかったのだった。おれは、ふーん、と何食わぬ感じを装って言った。だって、恥ずかしい。なんで掃除用具入れに入ってるのかとか説明したくない、できない。
彼はいいヤツだった。
「別んとこ隠れるわ」と言って彼はトイレから立ち去ろうとした。「おまえ何してんの」とか聞かなかった。そう聞く代わりに彼は「おまえ、◯◯高校受かったらしいな、おれは落ちたよ。おまえすごいな、おめでとう」と言ってトイレから出てった。
彼が出てったあとおれはトイレの窓をよじ登って外に出て、そのまま校門をこっそり抜けて学校から少し離れたところで母の迎えを待った。

2年くらい前に偶然Facebookで彼の動向を知った。婚約した恋人がいて、彼女の腹の中には赤ん坊がいた。
おれはいま無職で、東京のどまんなかでくすぶっている。




さっき、トイレで立ち読み立ちションしてたときに、何気なく片足を便座に乗っけたらトイレがブゥーンと音を立てた。自動消臭が始まった音。おれの足が臭いからってわけじゃなくて、一定の重みが便座に加わると、モーターが動く仕組みなのだろう。ブゥーンと鳴っている便座から足を降ろし、停止ボタンを押したあとで、試しにもう一回便座に足を乗っけたら、案の定、ブゥーンと鳴った。便座は間違いなく、おれを感じていた。