遭難6時間
小学校に入学した次の日、下校中に迷子になった。
僕はその町に越してきたばかりで土地勘はないし、そもそもいちども学校から家までの道のりを歩いたことがなかった。行きは車で送ってもらい、帰りは上級生に連れられ集団下校だった。
しかし、その日の僕は上級生にそそのかされて、彼の家でスーパーファミコンにふけってしまう。日が暮れかけたころに彼の親が帰ってきて、彼は「帰り道わかるよな?じゃあな」と言いながら、僕を家から追い出したのだった。
はやく家に帰らなくては、の一心で、僕はアスファルトの上を駆けた。しかしどの道もまったく見覚えがないし、かといって気づいたときには学校への道のりも、スーパーファミコンのあった家もわからなくなっていた。ひたすら恐かった。あれは迷子というより、遭難だった。
暗くなった路地を歩いていたら、向こう側の大通りに至る交差点で停止している母の車が目に入った。僕は必死で駈け出したけれど、転んでしまった。うずくまる僕に気づくことなく、母の運転する車は青信号につられて、走り去っていた。僕の視界に入っている母が、僕の気も知らないで去っていくさまを見て僕は、捨てられた、と思った。
僕は母に気づいていたけど、母はバックミラーに映る僕に気づかなかった、というだけの話なのだけれど、当時の僕はその仕組みがわからなかったのだろう。僕に見える人はまた、僕を見ているもんだと思っていた。
かくれんぼとかやったことなかったんだろうか。
終わった。完全に僕は見捨てられてしまった。そう思った僕はとうとう泣き出してしまって「僕の人生おしまいだーっ!!!!!」と叫んだ。
その声を聞きつけた近隣のおばさんが、家から出てきて「どうしたの?野良犬に噛まれたの?」と声をかけてくれた。返事もできずただ泣くだけの僕の背中を押しつぶす黒いランドセルに書いてあった住所と電話番号を見て、彼女は家に電話をかけてくれた。すぐに母が来て、二度と乗れないと思っていた車の後部座席で疲れた僕はすぐに眠ってしまった。遭難した僕のことを、父と母、叔父さん、担任の先生などが探していた、ということを後々知った。
放課後のたった6時間くらいの出来事だったけれど、いまでも強烈に覚えている。
6日ぶりに見つかった男児に対して、「たくましい!」とか「見習いたい!」という言葉が投げかけられるさまをネットやテレビで見ていて、奇妙な感じがした。
寒い山林で、通信手段も土地勘も持たない人間が、飲み水だけで6日間を過ごしようやく見つかった。それだというのになんで人々はそんな軽いリアクションになってしまうのかよくわからなかった。たとえば大人が同じ状態に陥ってようやく発見されたとき、人はこんなリアクションをするんだっけ。
とはいえ、僕はこのニュースを今日知ったので、あんまり偉そうなことは言えない。
ただ僕は、6時間遭難しただけでもめちゃくちゃこわかったということを言いたい。そのことをいまでも覚えている、ということを。