カーテンを開け
きょうは本当にいい天気だった。こんな日にマスクするのはイヤだからしなかったし、部屋に帰ってきても気分の良さを味わい続けたくて久方ぶりにカーテンを全開にして窓も開けて過ごした。案の定鼻の調子は悪くなったけど、まあいいでしょう。
この部屋のベランダに通じる窓には、レースのカーテンはなく、薄い遮光カーテンのみがかかってる。だから、カーテンを開けたら外からは丸見えだ、俺の部屋は3階にあるけど、見る人は見る、見上げる。だからカーテンを開けたらこの部屋は丸見えだ。いままではそれがイヤで、あんまりカーテンを開けなかった。
上目黒にHAPPAというシェアオフィスがある、5社が共有してるらしい。この建物の通りに面している側はガラス張りになっていて、ちょっと前たまたまここの前を歩いていたら、蓮沼執太が何気なくPCとキーボードを大きな木のテーブルの上に置いて作業しているのが見えた。目と鼻の先にいた。
この人。すごいですよね。こんなアーティストが目と鼻の先で何気なく作業してるのが見えるなんて。
スタバで窓際の席に座ってPCいじってる人とかいけすかないなあと思ってたけど、渋谷の神南にあるスタバでMacBookつかって何かしていたピース又吉見たことあるんだけど、いけすかないなあ、とおもってた。いま考えると、あの日「火花」書いてたかもしれない。
何の話だっけ、あ。だから、カーテンで外からの視線を遮るよりは、外からの視線を適度に取り入れて過ごしたほうが緊張感持って活動できるのかもしれないなあってことが言いたいんだった。話つながってる?
「吉田豪とハミダシ女」って番組があって第1回放送に水野しずが出てて、彼女、良いこと言ってた。自分が誰かを見ているとき、自分もその誰かに見返されているという意識のない人が多すぎる、と。自分がまるで透明になったかのように、誰かを見ている人ばかりだ、と。いろいろと心当たるフシがある人多いとおもう。
大森靖子は「私のパフォーマンス以上にお客さんたちの顔、表情の方がおもしろい」といつも言う。彼氏とケンカしたとか、仕事大変だったとか、家から出るのしんどいけどがんばってライブに来たとか、ひとりひとりに日常があって、それでもライブに来てくれて、そこでお客さんたちが見せる表情はとにかくおもしろいらしい。
彼女はいつも観客ひとりひとりと目を合わせるかのようにフロアを見ながら歌っている。それに加えてこういう発言があるから、大森さんのファンはみな、他のライブ会場の客よりも自分の顔・表情に意識的になっているかもしれない。大森靖子と目が合うということは、大森靖子に見られているということだ。そういう考え方を、大森靖子ファンは強く持っているとおもう。
何の話だったけ、あ。だから、人は誰かの視線をなしじゃ、だらしなく、ダメになってしまうとおもうんです。
長々と書いても結論はいつも月並み。「ニートは日中カーテンを開け!」という教訓でも書いておくか。
ただ、この町を歩いているときはどうしたって自分が透明になってる気がする。視線が欲しい。