ひとつ恋でもしてみようか

いつも同じようなことを言っている

初夏にして君を想う

生まれてはじめて日射しを浴びた赤ん坊はつむっていたまぶたにシワを寄せる。総合病院のロビーは4階までの吹き抜けだ。天窓から差し込む正午の光が胸元に抱く赤子に当たらないように、僕は腰を曲げて日差しを遮ってやる。これからこの子を妻のもとへ連れていく。

 

ようやく生まれた赤子はうまく泣けなかった。

小林聡美によく似た医師が小さな命の塊に酸素を送りこむ。小林聡美に似ていると信頼感がある。分娩室にはどやどやと人が入ってくる。赤子を治療する医師や助産師たちと、妻の腹にのこった胎盤に対処する医師たちに別れて、双方忙しくやっている。彼らのコミュニケーションには「なんで泣かないんだろう?」「胎盤どうなってる?」という疑問はありつつも笑顔も見られる。だからあまり心配はしなかった。とはいえ、想像していなかった出産になり面食らった。僕らの赤ちゃんがうえんうえん泣き、夫であり父になったぼくはわんわん泣き、妻であり母である女は笑顔でさらさらと泣くという出産風景を思い描いていた。誰も泣いてない、ぜんぜん泣けない!

 

エコーを使って胎児を見たときは胸がつまり少しばかり泣いた、陣痛に耐える妻がふと「この子を幸せにしてあげられるかな」「いっぱいしあわせになろうね」と息も絶え絶えに言ったときも鼻の奥がツンとした。ふだんは「いっぱいしあわせ」なんて言葉のつなぎ方をするような人じゃないのに。

しかし、子供が生まれてからは、まだ一度も泣いていない。妻はどうだろう、少なくとも僕の前ではまだ泣いてない。

 

赤ん坊が処置されているあいだ、妻は胎盤を引っこ抜かれていた。医師は膣に腕を肘までつっこみ、胎盤を直接つかんで引っ張りだす。ようやく赤ちゃんをひねり出したのに、腕をつっこまれるのはあんまりだ。実際、これがいちばん痛かったとのちに妻は言った。つっ立って妻の頭を撫でてやることしかできないぼくは、赤ちゃんに目がいきつつも、妻を気にかけることにした。

 

赤ん坊は肺気胸をやらかしていたらしく、けっきょく別の病院に運ばれることになった。うまく呼吸ができないらしいので、ベッカムカプセル的な装置に入れなくちゃならないらしい。設備が整っていると考えてこの病院を選んだのに、ここにはベッカムカプセルすらなかった。

誰もがそんなものかもしれないが、自分の子供が他病院のNICU行きになるとは思わなかった。

 

そういうわけで、わが子を満足に抱くこともなく、僕らははなればなれになった。救急車に乗せられるわが子を、車椅子に座る妻と見送った。僕らの子供なのに、僕らには何もできないというのがおかしかった。こういう無力感をこれからなんども味わうのだろう。

 

5日経ち、ようやく娘を生まれた病院に連れて帰った。ぼくはひとりで赤ん坊を引き取り、タクシーに乗って、妻の待つ病院に向かった。緊張する。いつもの猫背も自然と正される。「揺れない道行きましょうか?」というタクシー運転手のやさしい申し出を断り「できるだけ早く着くルートでお願いします」と言う。このもろい生きものとふたりきりの時間はなるべく短いほうがいい……。

 

タクシーを降り、病院に入る。緊張しているから、背筋はまっすぐ伸びたままだ。ロビーにはたくさんの人がいて、幾人かが小さな娘と僕を交互に見る。恥ずかしくなってうつむきながら歩く、胸元の赤ちゃんを見つめる、天窓から差しこむ光は娘の薄いまぶたを貫く、光を遮ってやるために僕は猫背に戻る。

この子のために、僕が自発的にやったはじめての行動は猫背だった。

 

夜が来た。妻と娘を残して僕はひとり川沿いを歩き駅へと向かう。家に帰る。猫が飯をねだって足元にまとわりつく。洗濯機を回し、エサをやり、缶ビールを空け、ソファに座る。Lampの『ゆめ』を聞く。1曲目「シンフォニー」が沁みる。なぜか無性に寂しくなる。妻と娘がはじめていっしょに夜を過ごす、そのことを思うと、孤独を感じた。ちょっと泣きそうになる。

 

出産はある種の失恋だ。ぼくと妻は失恋した。これからは親としてパートナーとして歩いていこう、恋も思い出しながら。

しかし、陣痛中の妻は綺麗だった。弱々しい目元、青白い肌、垂れ下がる前髪。いつもはわりとハツラツしている妻が見せた衰弱と薄幸感に僕は欲情してしまった。

そんなふうに、ときおり変化を見せる僕らは失恋してもまた恋を再開するだろう。何はともあれ、ひとまずご苦労さま。これからいっしょに、子育てがんばりましょう。たまにはふたりでお出かけしたいよ。