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ひとつ恋でもしてみようか

いつも同じようなことを言っている

家庭に風穴を開ける 紫原明子『家族無計画』感想文

読書感想 雑記

母と父は、8年に渡る別居の末に、死別した。
晩年、僕と兄弟を東京に送り出し、ひとり広い家に住んでいた専業主婦の母は、父との同居を望み始めた。
とつぜん女として、というより、ひとりの孤独な寂しい大人として立ち現われてきた母の想いを、大学をとっくに卒業したというのに東京のワンルームで暇をもてあそんでいた僕は、自分のことはさておいて、ちょっと疎ましく思った。
そんな折、電話越しに母は、とりあえず実家に帰ってきてほしいと泣いた。僕は東京から去る理由がようやくできたと思い、当時やっていたインターンを辞め、盆までに帰ることにした。曲がりなりにも東京に5年以上住んで、ケジメをつけておきたいことがそれなりにあったから。
母は、お盆にみんなが集まったら、家族のこれからを話し合いたいと言っていた。しかし母は盆が来る前にとつぜん病に倒れあっというまに死んでしまった。
自分の体調がおかしいことに気づきながら、母は焦っていたのだろう。しかしまさか死んでしまうとは思っていなかったはずだ。
僕にももちろん彼女に多大な心労を与えた責任はあって、そのこととも向き合わなくちゃならないのだけれど、きょうはその話はしない。



『家族無計画』を書いた紫原明子さんは、起業家の家入一真さんと18歳で結婚し、4年に渡る別居生活の末に、31歳で離婚したという。
散財に次ぐ散財や不倫をし、家に寄りつかなくなる夫。紫原さんは「曲がらない人を曲げようと努力して、その都度絶望するのにはいいかげん疲れ果てていた」と書く。
専業主婦だった彼女は「元通りの日常を取り戻すことができないのなら、いっそのこと、夫が介在しない、まだ見たこともない私の世界を広げようと思った」。どうせ世界を広げるのなら、夫の力を借りずに家族を支えられるような仕事をした方がいいと紫原さんは考えた。
しかし社会に出ることなく専業主婦となった紫原さんには、履歴書に書けることがなかった。そこで彼女は奇策に打って出る。主婦として磨かれた料理の腕とおもてなしスキルを活かして、ホームパーティーを開いたのだ。そこで広がった人間関係をつてに、彼女はNPOでボランティアはじめ、仕事の基本を学び、いまではエッセイストとして働きながら2人の子供を育てている。

「専業主婦であることのリスクは、経済的、精神的な依存先が、夫や子供など、家庭の中だけに集中してしまいがちなことにある。実際に私がそうだった。だからこそ、夫婦が互いに傷付け合うだけの関係になっても、そこから自分を逃がす道を見つけるまでに、長い時間がかかってしまったのだ」と紫原さんは書く。奔放な夫の言動すべてを堪えるのが役目だと思っていたときより自由になったことで、彼女は自信をつけ、離婚することもできたのだろう。


家族がうまく運営されていくために必要なことは、家庭の風通しを良くする、ということにあると、紫原さんは考えている。「外の世界に向けて、風穴を開けておく」ことが必要だと。
それはたとえば、本書の後半に「女の性欲を自覚せよ」という章があったり、隣近所でおかずを分けあうような、懐かしい風景のあるコミュニティーと形容される東京池袋のマンション「メゾン青樹・ロイヤルアネックス」が紹介されてたりすることからも分かる。
女性にとって、承認欲と密接に結びついていることが少なくないセックス。夫婦間でセックスレスになることで「私は女性として価値がないのでは……」と自信を失うよりも、たかがセックスとわりきって、パートナーと相談のうえでセックスを「外注」してみるのもアリではないか、という提案(この辺りのことは、村田紗耶香「消滅世界」でも描かれている 1月に読んで良かった本 『消滅世界』、『1998年の宇多田ヒカル』、『映画は父を殺すためにある』 - ひとつ恋でもしてみようか)。
近所づきあいは確かに煩わしいこともあるけれど、家庭のドアを硬く閉ざすよりは開け放って閉塞感をやわらげることが、ひいては家族の安定につながるのではないか、という実感。
「内と外の境界が緩やかになることで、程良い緊張感が保たれ、結果的に外の世界への恐れや、内の世界への依存が生まれにくくなるように思う」という紫原さんのことばには、僕も同意する。

 

「女性のあるべき姿」だったり「理想の家庭」、「母としての役割」など、「本来こうあるべき」という、旧態依然とした価値観によって、苦しんでいる人は多い。そういう人たちにとって本書は処方箋になるのではないか、と思う。
母が10年早くこの本に出会えていたら、いろいろなことがもう少し良い方向に変わっていたかもしれないと夢想してしまうような、良い本だった。


新たな人間関係を築いたり、未知の世界に足を踏み入れてみることが何より大切だ。新しく出会う人たちは、いつだって新しい役割を運んできてくれる。誰かの役に立てばそこに自分の新たな居場所ができるし、うまくいけばその先に収入の糸口を見出すことだってできるかもしれない。精神的、経済的な依存先を家庭の外に少なからず持っていれば、もしもの時に自分を自由にできる。(紫原明子『家族無計画』83ページ)

 

家族無計画

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