ひとつ恋でもしてみようか

いつも同じようなことを言っている

通過していく

生まれてからこれまでの間に、どれくらいの量の食物が、この体を通過していったのだろう。1トンは、いまここで目の前にあったらものすごい量だけれど、四半世紀生きた俺の体を通過していった量としては、ほんのいちぶだろう。俺はひとより食い意地張ってるし。
どんなに多くの食料がこの体に入り消化され出ていっても、俺の体重は生まれてから70キロくらいしか増えていない。


俺は記憶力が弱い。友人と話しているとよく「覚えていないんだ」と言われ、ガッカリされすぎていて、今ではもういろんなことを俺が覚えていないテイで話してくれる。なんでもかんでも忘れるわけじゃないけど、まあ忘れすぎていることは確かなので、彼がそういう配慮をしてくれるのは、しょうがないね。ありがたいのかもしれない。
いままでいろんなことを経験した、見て聞いて読んで触って味わって嗅いできた。でも、その記憶のほとんどはさっぱり俺の体を通り過ぎていって、俺の頭は生まれてからどれくらい蓄えられたのだろう。


俺は毎日何かを得ようとする。そうしないと生きていけないし、生きているとそうせざるをえない。俺は絶えず摂取し消化し排出する。そしてあらゆるものが通過していく。いったい何が残るのだろうか。
同時に、俺はどれだけの人間を通過していったのだろう、とも思う。誰の中にとどまっているのだろう。いつまでとどまっていられるだろう。




病気や事故にみまわれない限り、心臓は基本的に休むことなく鼓動しているんだとおもっていたけど、10年くらい前にテレビの人が「心臓は休み休み動いているんですよ」と言っていたことを、鮮明に覚えている。「どっくん、どっくん、どっくん、どっくん」の「、」が心臓の休止時間だと言っていた。心臓は案外ほどよく休んでいるんだなあ、と感心した。
そんなことは覚えているのに、あの娘とのはじめてのデートで何を食べたかは全然思い出せないのだった。