ひとつ恋でもしてみようか

いつも同じようなことを言っている

「あなたをフォローしています」  大森靖子 Tokyo Black Holeツアーファイナル in ZEPP TOKYO感想文

たとえば、フォロー数10000人のアカウントにフォロバされて、その人について言及したらエゴサされてふぁぼられて、って、そんなことされても俺は全然嬉しくならない、どうせ俺のつぶやきのすべてをこの人は見てくれるわけがない、と思うから。
でも大森靖子の場合は違ってて、彼女の名前の横にある「あなたをフォローしています」の表示だけは「ほんとう」だと感じられるし、そのふぁぼはとても温かい。


彼女は、でっかいライブハウスでも観客ひとりひとりをフォローしてくれる。生身の2000人前後と対峙していながら、彼女はいつだって1対1を仕掛けてくれる。俺たちのつぶやきの語尾や句読点までもが「大森靖子」というマジックミラーに乱反射する。人が生きてるってほらちゃんと綺麗だから、おそらく、生きてるだけでも、生きてただけでも綺麗だから、案外、俺の世界はキラキラしているんだなと思える。働くおっさんたちのおかげでもある。この日の舞台照明はほんとうに綺麗だった。


私の音楽はちょっとだけしか気分を上げない、アイドルはぶち上がるんだけど、と彼女は笑っていた、そんなことないよーという黄色い声はかわいかったけれど、その後の大森靖子の言葉はかっこよかった。死線はここだから、そこからちょっと上がれば十分だ、と。彼女はそんなようなことを言った。


ああもうダメだ、あの瞬間の言葉はもうちっとも再現できないし、きっと来月にはこの感動も薄れてしまう、とにかく忘れっぽい俺はあんなにも素晴らしかった一瞬をことごとく忘れていく。「今すぐに消えちゃう世界を歌ってくのさ」、「おもしろいこと ほんとうのこと 愛してるひと ふつうのこと なかったことにされちゃうよ」、彼女はいつだってそんなことを歌ってくれるのに、俺は全然反省していない。どうやったら瞬間を捉えられるんだろう、忘れるような瞬間はけっきょくおまえにとって大切じゃなかったんだよ、とか言われたくないのに。


でも、確かなことはひとつだけあって、今年のはじめ、人生でいちばん孤独だった季節の俺は「僕のカードはなんたってジョーカーで とても強くて とても寂しい」というフレーズに救われていた。この歌が聞けたからいまの俺がある、と言っても言いすぎじゃない思う。でも、きのうのライブでそのフレーズを聞くまで、俺はそんなことすら忘れていた。忘れてていいこともある。忘れられてたんだなあ、と嬉しくなる。


「SHINPIN」が弾き語りで歌われたのは意外だったけれど、不規則なリズムを鬼気迫るギターで再現し、歌い上げる大森靖子を見て、圧倒的な正しさを感じた。この歌はどうしても弾き語りでなくてはならなかった。「生きてる力で勝ってみな 気まぐれの死にたいに勝ってみな 戦車の東京タワー 見殺しにした夢」この言葉を俺は、むき出しのまま聞きたかったんだな、と、歌われてから気づいた。


大森さんは「少女漫画少年漫画」の歌詞をいつもと違うように歌った。「魔法は効かない 呪いは解けない」を「魔法は解けない 呪いは効かない」と。大森靖子の魔法、「あなたをフォローしています」が効きつづけるかぎり、俺はずっと死線を越えずにすむだろう。効きつづける魔法は、やがて効いてることも忘れてしまう。そんな素敵な魔法をかけてもらったことすら忘れるのは癪だからこうやって拙い言葉をアホみたいに書くしかない。


ライブ前日、きっとサプライズゲストとかあるんだろうなあ、と思って小室さんかな、の子かな、直枝さんかなと思ってたら、まいぷにと私。だった。俺は大森さんのことなんも分かっちゃいねえと少し落ち込んだ。大森さんは、自分をひきたたせてくれる人よりも、自分がひきたたせたい人を、自分のいま作れる最高のステージに上げる人だった。「ピンクメトセラ」は私。の美しい踊りの印象に満たされているし(山戸結希『おとぎ話みたい』を思い出した)、「絶対彼女」は遠目に見てもわかるエロいまいぷにに釘づけだった。
本当にかっこいい人だ。いま日本でいちばんロックでかっこいい人間は大森靖子だと思う。


いちど泣いてしまったらとめどなく涙が流れる気がしてこらえるのがやっとで、大森さんの歌を受け止め受け入れるのに必死で、ZEPPを出たときの身体はインフルエンザのときのような疲れ感じていたけれど、心地よかった。帰り道に思わず口ずさんでいたのはまだ発売されていない「オリオン座」だった。「死を重ねて生きる世界を壊したい」し「最高は今 最悪でもしあわせでいようね」と歌いつづけたい、歌いつづけてほしい。この部屋をぶち抜いてくれてありがとう。明るくなった客席の人たちとステージ上の人たちで合唱される「オリオン座」は最高だった。

 


「全力でやって10年かかったしやっとはじまったとこなんだ」と歌った大森靖子はその曲「音楽を捨てよ、そして音楽へ」の演奏中に行われるメンバー紹介で、「音楽・お客さん」と叫び、マイクをフロアに流した。女も男も不器用に叫んでいた。俺も不器用でもとにかく叫んでいたい。俺もあなたをフォローしています!