ひとつ恋でもしてみようか

いつも同じようなことを言っている

引っ越した

約300日前に書いたブログには、海の近くの家に最低でも「2年近く」いると書いてあったが、けっきょく1年弱で都内に戻ってしまった。

しかし「週刊SPA!」にお世話になりはじめてまだ1年しか経ってないのか、濃い1年だった。諸事情あって(後述)今月から離脱したのだけれども、復帰させてもらえるなら戻りたい。

 

転居の話だった。

海まで歩いて5分(駅まで15分)の家から、駅まで歩いて5分(海まで3時間弱)のところに引っ越した。

 

率直に言って、この町は最高だ。徒歩5分圏内にコンビニ、スーパー、ドラッグストア、カラオケ、居酒屋、本屋、コインランドリーとなんでもそろっているし、なんといっても銭湯が近くにあるのが夢のよう。電車を使えば自宅から新宿まで30分かからないのも心底うれしい。

前に住んでたところは新宿まで片道1時間以上かかっていて、ヘトヘトに疲れた日には、グリーン車に乗って帰ることこともままあった。家賃は安かったが、交通費がバカにならなかった。

 

前に住んでた町は逗子というところで、その町自体はすばらしかったのだが、仕事で都内に出るうえに、車を持たないわれわれ夫婦にとってはいささか不都合が多かった。

でも、ベビーカーに子供を乗せて立ち飲み屋で酔っぱらうのは楽しかったし、いつも店の前に列ができているカレー屋もきちんと美味かったし、大きくて安いスーパーマーケットも重宝したし、お遣いがてら素敵な古本屋で道草をくうこともままあったし、子供の運動会の日にはきちんと休むパン屋も素晴らしかった。そしてなんといっても、5分歩けば海を見れるのがよかった。

娘が生まれたのは初夏のことで、それからすぐに暑い夏がきた。

都内からはるばる、時には僕の地元の沖縄から赤ちゃんを見に来てくれた家族や友人たちと何度も海の家に行って、酒を飲んだ。おもてなし力がさほどないわれわれ夫婦にとっては、あかんぼうと海が二大コンテンツだった。とりあえず海に行けば、最高の夏が待っていた。

 

逗子までわざわざ来てくれる人たちの存在はほんとうにありがたくて、ちょっとした救いでもあった。彼らはあかんぼうを抱っこしてくれたり、ベビーカーを押してくれたりして、そのたびに僕ら夫婦は冗談のように「人に任せられて、ほんとラクだわ〜」と笑った。

友人や家族が僕ら夫婦の子供を抱いてくれる、多少緊張しながら、でも楽しんでくれながら。それはとても素敵なことで、逗子駅の改札でみんなを見送った後はいつも心がいっぱいになった。人の関わりあいで生じる温かさというものを実感したからだと思う。「心がいっぱい」だなんて表現、逗子に住まなかったら一生使わなかったかもしれない。

 

家族3人で行く海も、友人たちと行く海も、ひとりで行く海も、この夏はとても素晴らしかった。逗子という町はたしかに不便も多かったけれども、この家族で住めたからよかった。

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しかし移り住んだこの町は最高。この町には可能性が遍在している。なんだってできそうな気がする。

11月からしばらくのあいだ(最短で来年3月いっぱい)、妻の仕事復帰にともない、日中は僕があかんぼうの面倒を見ることになった、半ば専業主夫だ。フリーランスでやっているライターの仕事はできる範囲で続けたい。逗子に住みつづけたら、この決断はできなかったと思う。ライターの仕事は都内に転がっているから。

引っ越してきた初日(昨日)は、この町がいまの自分の気分にフィットしすぎて、焼酎をホッピーでやっつけながら笑みが止まらなかった。この町にいれば、なんだってできるような気がする。未来を考えるようになってまだ1年ちょっとなので足元おぼつかないけれども、ひさしぶりにワクワクしている。