ひとつ恋でもしてみようか

いつも同じようなことを言っている

日記2021-03-05

娘を保育園に送って家に戻ろうと歩いていたら、向かいから妻がやってきて、「ファミレスのモーニング食べようよ」というので、Uターンした。座ってるだけで配膳されて、娘の食事のフォローもしないでいい。ふたりでゆっくり朝食を食べれるのはささやかな幸せだなあ、と思う。

 

TOHOシネマズ日本橋で『すばらしき世界』を観る。しばらく使ってなかったシネマイレージカードを更新したら6ポイント残ってたので、タダで観れた。

西川美和監督は正直肌に合わないのだけれど、この映画には食らってしまった。テイストとしては好きじゃないけど、それでも感じ入るところがあった。創作者はそんなふうに言わせるのが一番嬉しかったりするのかもしれないな。大きな孤児としての役所広司が愛おしくてしょうがないよ。感想文ちゃんと書いておきたいな。

 

映画館を出て、皇居周りを時計回りに歩き、真反対にある国立劇場を目指す。途中道を誤る。雨のなか傘もささず、パーカーのフードを被って国会議事堂の前を歩いてしまう。霞ヶ関を歩くときって、なんとなく眼光が鋭くなってしまうのは中二病だから。そこはかとない敵意を剥き出しにして歩かないと、奴らに気圧されてしまう。

 

国立劇場では「詩歌をうたい、奏でる-中世と現代ー」を見た。

九龍さんのツイートで知ったイベント。ツイートでは1日目が売切れと書いてあったけど、開催前日にふとチケットページを見たら1枚だけ余っていたので、迷わず購入した。

平安時代の「今風の歌」だった「今様」と、平安末期から室町初期に隆盛した歌舞の「白拍子」についてのレクチャーと実演、そしてジョン・ケージ雅楽とオーケストラで連歌をイメージして作った「RENGA」の演奏があった。

「今様」がメロディー重視で一文字を長く抑揚をつけて発する一方で、「白拍子」は鼓が登場し、リズムを嗜む歌舞になる。ふたつの実演を連続で体感することで、その変化の過程を知れた。行く前は退屈していびきかいて寝てしまったらどうしようか、と心配もしたけれど、始まってみると意外とこちらの神経も研ぎ澄まされる感覚があって、集中して聴くことができた。

「RENGA」はもう笑っちゃうくらい最高だった。笙や龍笛、琵琶などの雅楽楽器と、オーケストラの楽器、そして声楽のそれぞれがてんでバラバラに痙攣的な演奏をし、その合間合間に聴き馴染みのあるメロディーの断片が挿入されるというもので、西洋と日本の伝統が、連歌のごとく掛け合いをしていく演奏に引き込まれっぱなしだった。ゴダールの『映画史』を思い出したりするモンタージュ的な要素もあるのだけれど、こちらはチャーミングで可愛らしかった。発作のようにあちこちから繰り出される音色の断片が、夢から覚め続けるように響いていて、あれは不思議な体験だったな。きっと2歳の娘を連れていっても、ゲラゲラ笑ったんじゃないかと思いながら聴いていた。

このイベントは6日土曜日もあって、この日は白拍子からさらにリズム偏重になる「乱拍子」のパフォーマンスと、大岡信谷川俊太郎が、ドイツの詩人と共に、連歌連句の伝統をふまえて作ったベルリン連詩『ファザーネン通りの縄ばしご』を演奏があるとのことで、こちらも気になるけれど劇場には行けないので、配信で見ようと思う。ちなみに僕が行った日の公演も配信あり。

 

やはり能と歌舞伎を見たいな〜と思う。九龍さんの著書『伝統芸能の革命児たち』のおかげで、今年は伝統芸能への興味が俄然高まっていて、この機運を逃したくない。

 

帰宅後は妻と「俺の家の話」を見る。このドラマの戸田恵梨香めちゃくちゃ好きだな〜。

 

寝る前にベッドで「かが屋鶴の間」を聞いて、かが屋の加賀翔の復帰を知り、とても嬉しい。今好きなコント師は、空気階段かが屋蛙亭です。

アンダーソン・パークとブルーノ・マーズの新曲もスウィートでチャーミングで大好きだった。聴きながらしあわせな気持で、久しぶりに夜更かしの夜を終えた。