透明
深夜、外を歩くことが多い。べつに夜遊びしてるわけじゃなくて、コンビニに行ったり、ツタヤや図書館に返却したり(図書館の本はいつも延滞してしまって、係の人に合わす顔がないから返却ボックスに投函する)、公園まで足を伸ばしたり、ただ徘徊したりそういうことをしているだけだ。本当は飲み屋にひとりで行ったり、エッチなお店でスッキリしたり、クラブで踊りつかれたりしてみたかったけど、そういうのはとっくに諦めてしまった。やっぱり少しはやってみたいかな、どうだろう。
深夜の商店街には、ガールズバーで働く女が客引きで立っていたりするけど、このおれの住む町のガールズバーの女から声をかけられたことがほとんどない。レジ袋に入った弁当持ってたり、そもそもジャージで出歩いてたりするおれに声をかけたところで入店するわけがないんで、当然のことだろう。しかし、ガールズバーの客引きの前を通るときってどういう顔してればいいんだろう。彼女らに見られているんじゃないかと思った瞬間、いままで透明な状態で歩いていたじぶんの輪郭がハッキリとする、じぶんの視線や歩き方がおかしくないといいな、といつもおもう。まあ、彼女らはスマホに夢中だったりくっちゃべってたりおっさんに絡まれてたりでおれのことなんて目に入っていないのかもしれないけど。
見られているんじゃないか、と思った瞬間に、体の動きがぎこちなくなるのは人に見られ慣れてないひとはみんな感じることだと思うんだけど、パトロール中の警察官に町で出くわしたときってぎこちなくなりませんか? べつに悪いことしてないんだけど、なんだかドキドキしてしまう。べつに危険なもの持ってなくても、空港の保安検査場で金属探知機を通過するときって毎回心臓がきゅっと縮む。あれほどじゃないけど、深夜の町で警察官を見ると、極端にまっすぐ歩こうと、顔を上げて歩こうと思ってしまう。何も悪いことしてないのに。
おれは職質だってされたことない。
ガールズバーの女にお兄さんどうですか~? って言われたり、職質されたらイヤだな、っておもう反面、声をかけられないのってどうなんだろ、と思う。おれは無職で毎日なにしてるのかわかんない男で、ガールズバーにお金を落とす男には見えないし、かといって犯罪をするほど切羽詰まってるようにも見えてないんだろう。のほほんと、漫然と、これといった焦りもなく、だらだら生きているんだろう。そう見えてもいるんだろう、そもそも見えていないんだろう、透明なんだろう。
信号待ちでエンジン吹かして夜の住宅街に不快を響かせる男は、透明になるのがイヤなのかもしれない。