ひとつ恋でもしてみようか

いつも同じようなことを言っている

『フォード vs フェラーリ』の感想ではない

眠れない男が寝室を出て廊下を歩いていると、子供部屋から光が漏れている。まだ起きていた息子に何をしていたのか尋ねると、息子は自ら描いたコースレイアウトを男に見せる。息子の正確な絵を見ながら、男は完璧なレース運びを話してやる。目を覚ました女がその様子を見る。翌日、男は「ル・マン 24時間耐久レース」に出るため、フランスへと旅立つ。息子も妻も、そのレースの重要性と恐さ、そして男のレースに賭ける想いをちゃんと知っている。

『フォード vs フェラーリ』のこのシーンでとめどなく涙が流れてしまった。「俺の涙はまだちゃんとしょっぱいだな」と思うほどに泣いた。コースレイアウトを見ながら、父と息子はコミュニケーションが取れてしまうその関係性に泣いた。息子はいつも父の仕事場にいるし、ツーシートの助手席にも時々乗せてもらう。

思ったことをすぐに口に出してしまって、喧嘩っ早い職人気質で、しかしその才能と技術は天賦のものだからこそ、社会のほうでは男の扱いに困ったりもするわけだけれど、家族にとっての男は、良き夫で良き父だ。男と家族の話は徹頭徹尾、男の仕事の話に終始するというのに、家族は彼をパーフェクトに受け入れている。「そういう男の姿に憧れて俺は泣いてる」と思っていたが、しばらく経ってはたと気づく。こんなに泣けてしまうのは、スクリーンに映る男の姿に憧れているからだけでなく、あんな父親が欲しかったという後悔すらできない哀しみに撃たれていたからだった。

 

僕の父は建築士だった。家族でドライブをするたびに父は「あれはお父さんが設計したんだよ」と言ってさまざまな住宅やビル、校舎や体育館を指差したものだった。しかし僕は彼のそういう姿を苦々しく思ったいた。自分の仕事をわざわざ口にしてどういうつもりなんだろうか、僕ら家族になにを言ってほしいのだろうか、褒めてほしいんだろうか、と思うと父が小物に見えてしまって「そうなんだ」と相槌するしかできなかった。

休日には庭で焚火をして芋を焼いたり、日曜大工に勤しんだり、趣味のボーリングに出かけたりしていた。僕はそのすべてがイヤだった。庭から立ち上る煙が2階のダイニングに入り込んでくることも、休日の朝からトンカチやらノコギリやらで音を立てることも、ボーリングのフォームがちょっと滑稽なことも、みっともないと思っていた。

でも今となっては当時父のやっていたことのすべてに憧れている僕がいるのだ。焚火ができるような庭を持つ家を建てたことも、日曜大工ができる器用さも、ボーリングに没頭していく凝り性も、そのすべてが今の僕にはないものだから。父にもっといろんなことを教わればよかったのに。僕は母の言うことをすべて鵜呑みにして、父のことを「ダメなやつ」だと決めつけ、彼のやることなすことすべてを否定しまっていた。学ぶべきことは多かったはずなのだ。父は「一緒に火をおこそう」「ノコギリ教えてやるよ」「ボーリング行くか?」と不器用に誘ってくれたのだし。幼少期の僕は、バイクに跨る父の腰に手を巻きつけたし、床屋にも連れてってもらった。スターウォーズティラノサウルスの骨や皇后ジョゼフィーヌのティアラやヤクルトスワローズのオープン戦だって見せてくれたというのに。

 

『フォード vsフェラーリ』の父子は幸運にも、車の仕事によって十全に分りあえていた。その姿に僕は憧れて、泣いてしまったのだ。そして、こういう父子ほど別れなければならないのだろうな、ということに薄々気づいていたから、涙を止めることができなかった。

僕と父はお互いまだ生きているが、もう2000キロ近くも離れたところで別々の暮しをしているわけで、彼とは一生通じ合うことはないだろう。GT40を完璧に乗りこなせれば半日足らずでたどり着ける距離だが、僕はあいにくペーパードライバーでまともに運転ができない(さらに言えば自転車にもろくに乗れない)。

 

自分の家族とは、子供とは、分りあいたい。30年前、父もそう思っていたことだろう。