ひとつ恋でもしてみようか

いつも同じようなことを言っている

法事

法事のため、鎌倉へ行った。いっときの秋の気配が完全に失われた炎天下のなかの納骨は過酷だったが、つつがなく済んでよかった。

 

僕は故人とは一度しか会ったことがない。しかもそのとき彼はすでに病床にいた。妻の親戚だ。

病に臥せる前の彼の顔を、遺影のなかに見たときは驚いた。彼はあんなにも血色が良く、立派な体躯を備えた男だったのだ。僕は彼の元気なころを知らないから、見舞った時には「ちょっと弱ったおじいさん」くらいにしか思わなかった。たしかに痩せてはいたし、顔色も良くなかった。元気もなかった。しかしそれは、老人だからだと思っていた。病を得る前の彼は随分たくましかったのだ。

たくましかった頃の彼を知る妻は、病院のベッドに横たわる彼を見てショックを受けていた。その衝撃の大きさに、僕は遺影を見るまで気づけなかった。

 

生前一度しか会ったことがない僕だが、妻の夫だから、彼を箸渡しをした。結婚して最も“婚姻”のインパクトを感じた瞬間だった。婚姻届を出して夫婦になっただけなのに、僕は、一度しか会ったことのない妻の親戚と近しい関係になっていて、だから、その骨を壺に収めるひとりになった。僕よりずっと親しかった彼の友達たちは、橋渡しを少し離れたところから眺めていた。それでいいんだろうか、と思いつつも、それはダメだろう、と思っている人が誰もいないことも分っていた。

 

ホラ吹きで大酒飲みだったらしい彼と飲んでみたかったな、と葬式の日に思ったことを、炎天下のなか墓に収められる骨壷を見ながら僕は思い出した。

彼と一度も会うことのなかった娘は妻に抱かれながら、額に汗の玉を浮かべて、咳をしていた。