ひとつ恋でもしてみようか

いつも同じようなことを言っている

連休

ゴールデンウィークの前半は、娘が保育園でもらってきた風邪のようなものに翻弄されていた。発熱はなかったけれど、鼻水が延々と出続け、咳が止まらず、ゴールデンウィーク3日目には目の周りに湿疹まで出てきた。こどもの日には娘が1歳になるのを記念してスタジオで家族写真を撮る予定だったので、大いに焦った。休日診療してくれていた小児科に連れていく。優しそうな50代くらいの女性の先生が診てくれた。「赤くなりやすい体質なのかもしれないですね」といわれ、塗り薬だけ処方された。2〜3日で治まると思います、と言うのでひとまず安心してみた。

しかし、子供の体調不良には敏感ですぐに病院に連れていくというのに、自分の受診はひどく疎かだ。蓄膿症、親知らず、虫歯、痔、ざっとこれだけの(小さい)病を抱えているけれど、それぞれの症状が著しく悪くなった時にしか病院に行かない。母親譲りの病院嫌いが、僕の体を少しずつ蝕んでいる気がする。母は病院がひどく嫌いで、「病気だって言われたら怖いから」という理由で何十年も健康診断を受けずにいた。脳出血で急逝する直前も、1ヶ月ほど風邪っぽい症状や嘔吐を繰り返していたのに、市販薬でごまかしつづけていた。そんな母だけど、僕が子供の頃は僕をまめに病院に連れていった。子供の不調はすぐに診せるが、自分の症状とはだましだまし付き合いつづける親は多いのかもしれない、親の不養生。僕の病院嫌いが娘に伝染しないように、病院嫌いを僕は克服しなければならない。

娘の湿疹は2〜3日でほんとうに治り、薬を飲ませつづけた甲斐あって鼻水や咳も治った。

 

ゴールデンウィーク2日目は渋谷伝承ホールに神田松之丞×神田愛山の「講談伝承 天保水滸伝 連続読み」を聞きにいった。はじめての講談だったけれど、なにも難しいところがなくすこぶるおもしろかった。なにも難しいところがない、と思わせるのがエンターテイナーなんだろうなあ。ちなみに前座の方の朗々とした語りは何の話をしているのか難しくてほとんどわからなかった。

神田松之丞の語る浪人で用心棒の平手造酒の飲みっぷりと茶目っ気、そして死に様がたまらない。飲兵衛の話にはどうしたって感情移入してしまう。そういえば勢い余って張扇が高座から落ちるハプニングがあったけれど、それもうろたえることなく笑いに変えていてさすがだった。ハプニング、トラブルを回収する手際の良さ、そういう臨機応変さを味わえるのが生の醍醐味だ。『天保水滸伝」といえばこの人らしい神田愛山さんも佇まいがかっこよかった。

大満足で渋谷伝承ホールを出たのだけれど、その後に行く予定だったセルリアンタワーのガーデンラウンジは人が多くて断念。渋谷をさまよい、結局渋谷ストリームでハンバーガーを食べた。「あなたがデートの段取りとかまったくできないの忘れてた」と妻が苦笑していて救われた。せっかく安くないお金を払って娘をベビーシッターに預けて半日デートだというのに、無計画だった自分が恥ずかしくなる。妻と付き合ってるころのデートといえば、妻が教えてくれるおいしい店以外だと安居酒屋ばっかりで、デートプランなんて立てたことがないのを思い出す。僕はほんとうになにも知らないまま結婚したのだ。この日も結局妻のひらめきで高円寺の沖縄料理屋・抱瓶に行くことにし、海ぶどうと島らっきょを泡盛で流し込めたので最終的に満足させてもらった。

 

平成最後の日は近所のそば屋で年越しそばやろうとしたが、店の前に行くとゴールデンウィーク休業の貼紙があったので諦め、近所のセブンイレブンで惣菜と酒を買いこみ、家でしこたま飲んだ。平成最後のアルコールは平成を象徴する名酒・ストロングゼロにした。平成に置いていきたい産物、もうなるべく飲みたくない。

令和に変わる直前はテレビの前にいたけれどなんとなくそわそわして、妻と「どうする?どうやって越す?」なんて言いあっていたが、結局寝室で寝ている娘のもとへと駆けつけ日付が変わった瞬間にぐずる娘と妻のツーショットを撮って即座に寝た。

 

令和最初に見た映画は『アベンジャーズ エンドゲーム』。怒涛のラストは泣きに泣いた。ネタバレ解禁してるらしいのでこのブロックではつらつらと結末について書き連ねるけれど、トニー・スタークの葬式は心底悲しかった。MCUにおけるひとりの人間の死があんなにも悲しいものになるなんて想像できなかった。『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』のヨンドゥの弔いはカラフルで祝祭的でもあってひたすらにエモく僕は微笑みながら泣き濡れたものだったけれど、トニー・スタークの葬儀はモノクロで沈鬱で見てられなかった。娘を持つ父親としていたたまれない。エンドロールを見ながら、僕は一刻も早く家に帰りたくなっていた。アイアンマンが守ってくれたこの世界で、僕は僕の家族を大切にするぞ、と半ば本気で思っていた。後日『エンドゲーム 』を見た妻も「映画館を出て歌舞伎町歩きながら『大騒ぎして迷惑な人たちもアイアンマンが救ったんだ』と思うと優しい気持ちで見れた」と言っていたので、やっぱりMCUは現実だ。マーベルは11年かけて、世界観を提示したのではなく世界を構築した。だからこそ、スタークの死は今なお僕の心を締めつける。

 

5月2日は「ビバラポップ 2019」に行く。去年から始まった、大森靖子ピエール中野がプレゼンターを務めるアイドルフェス。ビバラロックの会場を利用して開催される。ふだんはまったくアイドルのライブには足を運ばないのだけれど、このフェスは大森靖子の作品のひとつだと思っているから、ためらいなく参加した。去年よりも規模が縮小して、ビバラロックのメインステージではなく、地下のcave stageというところで1600人限定で行われたビバラポップはなんだか密教的な祝祭空間であった、『マトリックス』のザイオンようでもあり、『ファイトクラブ』の地下拳闘場のようでもあった(例えが絶妙に古い)。ZOCの人気ぶりに圧倒されつつ、初めてライブで聴く「family name」のハマり具合に涙した。大森さんは「こんな良曲ソロによこせよっていう大森靖子スタッフの視線を受け流しながら(冗談です)それでもZOCが歌うからこそ意味があるのが、誰にも伝わる曲です」とブログに書いていたけれど、たしかに「family name」はZOCがいたから、ZOCへ捧げたから生まれた曲だと、このライブで確信した。まだ結成半年だからパフォーマンスは荒々しいけど、それもまた初期衝動的で素直に心打たれてしまう。

薄々感づいてはいたけれど、この日のライブを見て、自分がにっちやん推しなのを悟った。生うどんの頃より大人びた彼女の、飄々とした笑顔と振舞い、安定感あるパフォーマンス、そしてツインテールにやられました。妻に「俺、にっちやん推しになった」と報告すると「にっちやん推しはガチっぽい」と言われたんだけど、ガチで推してるから推し宣言したわけなので、トートロジーだと思った。

あとビバラポップは1年ぶりのブクガは相変わらず気持ちよかったのと(やっぱりワンマンにひとまず行ってみたい)、Juice=Juiceの圧倒的クオリティに脱帽した。ハロプロへの入口がよくわからないので、ビバラポップは重宝している。去年こぶしファクトリーに出会えたのも嬉しかった。来年はどのグループが来るだろう。

そして至近距離で目撃した道重さゆみの肢体と汗に畏敬の念を抱きました。先日行った「サユミンランドール 東京」では完成されたコンセプトとしての道重さゆみを体感した満足感に支配されたのだけれど、今回は人間・道重さゆみの生身が放つ眩さに撃ち抜かれた、リアルはすごい。大森さんとの「絶対彼女」コラボは微笑ましかった。

大森靖子コラボステージはなんといっても道重さゆみを招いての「VOID」に尽きる。ギターストロークが鳴った瞬間泣いてしまった。初恋の人・峯田和伸に歌ってほしい曲を、敬愛する推しといっしょに歌う……。初恋と敬愛を観客の前でブレンドして突きつけてくる大森靖子の強欲とそれを実現する腕力にひれ伏した。そして我々大森靖子ファンの身悶えを吹き飛ばす湿度0%・太陽燦々な道重さゆみの「家を抜け出して僕の部屋においでー!」という誘いには思わず笑ってしまった、こういう救い方ができるアイドルが道重さゆみなんだな、と知る。大団円ラスト、出演者ほぼ総出の「ミッドナイト清純異性交遊」で香椎かてぃさんが所在なさげに突っ立てたのに感動して今年のビバラポップは終わった。

 

我々のゴールデンウィークは、4日の新宿御苑ピクニック、5日の家族写真撮影でクライマックス、6日の文フリに家族で行ったところでエンディングを迎えた。

新宿御苑のピクニックには僕の家族と友人カップルで行ったのだけれど、弁当を食べながらひたすらにわが娘をかわいがってもらい、温室で熱帯植物を眺めたあとは、新宿駅近くのキリンシティでビールを飲んでふたたび僕らの娘を愛でる時間を過ごした。友人の撮る娘の写真がたまらなくかわいくて嬉しかった。帰宅後友人から71枚も娘の画像が送られてきて、夫婦揃ってご満悦だった。それにしても、ほんとうはアベンジャーズの話とかで盛り上がりたかったのに、子供のかわいさにかまけて全然会話にならなかった……というのは4分の1くらい嘘で、おそらく我々夫婦が人見知りを発揮し、ほとんど会話がままならなかったのだった。もしかしたら友人たちも人見知りなのかもしれない。かといって、あの4人の居心地は悪くない。これでいいなあ、と思える清々しさがある。逗子に住んでるころ、彼らが頻繁に会いに来てくれた時期があって、あのころは僕も緊張することもなく話せた。我々は人見知りというよりも、他者とチューニングを合わせるのにえらく時間がかかる人間なのだろう。ふと思い出したが、大学のキャンパスで教室を移動する際に知り合いとすれ違うときお互いの目が合ってもうまく挨拶できたことがほとんどなかった。すれ違いざまに気さくに声を掛け合うことのできる人間がうらやましい、高性能の対人間チューナーを持つ者たち。

 

翌日は下北沢で家族写真を撮ってもらう。みんな白いTシャツで揃えていく。小田急線が遅延していて駅に着いたころには予定時刻直前で、夫婦そろって汗だくになりながらスタジオに向かった。僕らは「写真撮影前に身支度を整える」という観念に乏しく、汗で額に前髪が張り付いた状態でカメラの前に立った。しばらく経って写真家の方が「暑いですか?エアコン入れます?」と聞いてくれたがなぜか謙遜して「大丈夫です、すぐ汗ひきますから…」などと言ってしまった。結論からいうと、写真のできあがりにはまったく支障なかった。しかし、夫婦そろって撮られることに慣れていないのがおかしかった。

娘は人見知りすることもなくカメラの前でいつも通り愉快そうに笑ってくれた。妻も笑顔が上手なので様になっていた。僕だけが「お父さん!ちょっと顔硬い(笑)」と何度も言われた。笑顔が苦手だ。僕の笑顔はいつだって歪んでいる。心の歪みが正しく反映されている、そんな気がする。さわやかな笑顔を作ろうとすると、頰がひきつる。

とはいえ、プロの撮影はやっぱりすごくて、撮影後半には家族でカメラの前に立つことへのプレッシャーがほとんどなくなり、自然に振舞えた。もらった写真データを見ると、後半にいくにつれて、僕の顔は柔らかくなっていた。

毎年撮ることに決めたので、来年はもっと上手にすばやく笑えるよう、心の歪みを矯正しておきたい。あと体絞りたい。来年の僕らはどんな家族になっているか楽しみだ。

最近の娘は何もできない赤子を脱し、できることが増え幼児に近づいてきた。高速ハイハイを覚え、本棚に差さる書籍をことごとく抜き去り、目に映るすべてを口に含み、ソファにつかまり立ちしてフローリングに転げ落ちたりする。感情表現の手段も増えた。泣くだけでなく、癇癪を起こすようにもなったし、それ以上によく笑うようにもなった。娘が成長するにつれて個としての彼女がはっきりしてくるからか、自分の娘へ向ける愛情が深まっている。半年くらい前は娘のことこんなに好きになるとは思わなかった。

 

6日は文学フリマに行った。妻がはじめての文フリに興奮していてかわいらしかった。出店している人の中に知り合いも何人かいるようで、彼女の顔の広さに感心した。

いままで行きたかったけどなんとなく敷居の高さ(と距離の遠さ)にたじろいで行けなかったとうい妻。そんな行きたいけれど縁遠い場所に行けて、しかも買物を満喫できたのが嬉しかったらしく、夜はテンションが上がっているようだった。

 

妻も文章を書く人なんだけど、ついこないだ「私のこの文章どう?」と聞かれたので素直に感想を述べた。

うまく説明しづらいことをシンプルに説明できててすごい。この説明能力がうらやましい。エモさに頼ってないところが好ましい、などいうと、激しく喜んでいた。

書くことで人生の重大事にけりを付けたり、人を励ましたりできる彼女を僕も少しは見習わなくちゃいけないと思ってる。