ひとつ恋でもしてみようか

いつも同じようなことを言っている

大森靖子の音楽と俺の人生のシンクロ率100%がたとえ一瞬だとしても「クソカワPARTYツアーファイナル 人見記念講堂」感想文

いまの俺は人生でもっとも大森靖子の音楽を必要としているときなんだな、ということがわかったツアーファイナルだった。 

 

『クソカワPARTY』というアルバムにはこの1年で結婚し、出産・育児に突入した俺(と妻)にとって大切な言葉が詰まっている。

特に、《薬指の心を運命とかにあげても  わたし残り9人も わたしをぶら下げている》(わたしみ)、《心は“ひとりひとつ” 付き合おうがまぐわろうが歌おうが結婚しようが なんとなく“ふたりがひとつ”そんな気になれるだけ》(きもいかわ)、《私のかわいいと こどものかわいい それぞれ尊くて何が悪い  全てを犠牲にする美徳なんて今すぐ終われ》(GIRL'S GIRL)あたりの歌詞は最短距離で真実を提示してくるので、いまの俺に速攻で手を差し伸べてくれる。
重量級の言葉を神速で伝えなくてはならないという焦燥が大森さんにはあるのかもしれない。まんまと勝手に助けられてます。

 

しかし本音を言えば、アルバムを最初に聴いたときは、“今っぽさ”にそっぽを向いたロックサウンドにたじろいだ。『洗脳』のノスタルジックなJ-POPの装いも、『TOKYO BLACK HOLE』の品の良さも、『kitixxxgaia』にあったコラボレーションの妙もなく、ひたすらに生々しく自分自身のことを歌った『クソカワPARTY』の楽曲は、これまでの大森靖子の音楽が奏でていたキャンディボックスを思わせるカラフルなポップスとは異なって、どろっとしていた。箱の中の色とりどりの飴玉たちは溶けてどろっとして黒くなっていたから、最初聞いたときは戸惑った。

 

大森さんに『クソカワPARTY』発売時のインタビューで収録曲「GIRL'S GIRL」について聞いたとき、こんなふうに話してくれた。

 

最初は「ウッ…!」ってなるような新しいものが、絶対一番かわいいに決まってるんですよ。

大森靖子、NEW ALBUM『クソカワPARTY』リリース・インタビュー。「このアルバムで“大森靖子”は死に、再生する。」 – DE COLUM

 

大森さんは「『かわいい』が『かっこいい』より『かっこいい』とも言っていたから、これはかっこいいにも当てはめることができる。

向井秀徳岡村靖幸浅井健一坂本慎太郎七尾旅人……最初に聴いたときは「ウッ…!」となったことを思い出す。いちど触れただけで「かっこいい」と思えるものよりも、ファーストコンタクトでは拒否反応を示してしまうくらいのもののほうが、実は効き目が長い。俺にとって大森靖子だって最初「ウッ…!」だった覚えがある。なんじゃこりゃと思った。でも気になって摂取しつづけて気づいたらアディクトしている。それなしではいられなくなっている。

 

要するに、俺が『クソカワPARTY』を前にしてたじろいだのは「ウッ…!」となったからで、それはもしかしたら大森靖子に出会ったぶりの「ウッ…!」だった。

  

先日、タワーレコード新宿店20周年を記念して、“ここ20年で最も聴いた10枚”の作品をさまざまなアーティストがキュレーションする企画が行われていた。そこに大森靖子の選んだ10枚も並んだ。銀杏BOYZモーニング娘。中島みゆきYUKI松浦亜弥Perfume相対性理論道重さゆみのアルバム。

そのコーナーに大森さんはこんな文章を寄せている。

 

私は、こういうの聴いてるのカッコイイ!というタイプのリスナーではないのでミュージシャンらしくはないかもで恐縮ですが、音楽と人生のシンクロ率とか心底救われたから恩返ししたいとか、そうじゃなきゃ生きられない気持ちはあります。強く。

 

大森さんのメッセージを一読して、これは『クソカワPARTY』のことを言っていると思った。
音楽と人生のシンクロ率”。
『クソカワPARTY』は、はじめて自分のことを歌いまくったアルバムだというからには、いまの大森さんの人生に最もシンクロした作品だろう。そして、このアルバムが俺の人生にも今までになくシンクロしているというとは、単純に俺と大森さんがめちゃくちゃシンクロしているかもしれないということ!シンクロ、とても嬉しい!

 

 

ライブの感想を書くつもりが長々とやってしまった。
ここまでの文章のテンションが物語ってるように、「クソカワPARTYツアーファイナル」はいつもの大森靖子のライブとは違ってこれっぽっちも冷静ではいられなくて、かつて大森さんから「いつも丁寧な心情描写嬉しいです、ありがとう」とリプライをもらったのに、その“いつも丁寧”が今回で途切れてしまうほどにめためたに感情を揺さぶられてしまった。ライブでの大森さんの一挙手一投足はほとんど覚えていない。その時々の自分の感情のゆらぎばかりが鮮明だ。

このブログを始めてからというもの、「大森靖子のライブに行く」=「ブログに感想文を書く」というのが定式化していて、今にして思うと、いつも「どんなふうに感想を書こうか」と考えながらライブを見ていた。でも今回はその余裕がまったくなかった。大森靖子のライブに救いを求めていた。人生の劇的な変化のタイミングにあって、自分のアイデンティティがわりと無残に崩壊しているいまこそ、それを浴びたかった。
そしたらまんまと撃ち抜かれてしまった。またここからがんばろうと思いなおせた。

席も良かったんだ。前から15列目のど真ん中で、そこはステージ中央に立つ大森さんとまっすぐ対面できるポジション。かつ、ステージに立つ大森さんの目の高さと観客席に立つ俺の目の高さは同一線上にあった。だからもうほとんどずっと俺のために歌ってくれてると思った。いつだって大森靖子は観客ひとりひとりに向けて歌っていると言うし、それが嘘じゃないと信じられるからみんなもハマっていくわけだし、俺だってこれまでそう感じていたのだけれど、今回俺が目撃した位置は格別で、やっぱりほんとうに俺のために歌ってくれてた。そんな瞬間ばかりだった。

俺の人生がスタートしてからはじめてのワンマンライブだった。仕事を始めて、結婚して、子供が生まれて、ようやく俺の人生は始まった。俺は怠惰で臆病で卑屈だから、自分ひとりでは人生始めらんなかった。でもいまは違う。大森靖子の音楽にずっとすがってなんとか生きて、妻に出会って、仕事も始められて、あかんぼうも生まれた。28年生きてきてようやく人生やってるから、音楽と人生のシンクロ率を何よりも大切にする大森靖子の音楽のコアにようやく触れられたんだろう。

 

今回のライブ、はじめて嗚咽したのだけれど、それは「わたしみ」「パーティードレス」「マジックミラー」「VOID」の流れでのこと。
それまでのアップテンポなナンバー中心のセットリストから一転(今までのライブでいちばん楽しい前半戦だった)、キーボード・sugarbeansとハイパー担当サクライケンタに導かれながら歌う「わたしみ」のパーソナルみに一気に持っていかれてしまい、そこから弾き語りで初期の楽曲「パーティードレス」に流れていったところでもう涙はこらえられなかった。自我であるところの《わたしみ》からの逃走不可能を認識し、その《わたしみ》を守ることの決意を歌いあげたあとで、《わたしはわたしよ心があるもの わたしはわたしよ心があるもの わたしはわたしよ 心があるもの》と繰り返されたとき、結婚しても子供が生まれても自分のことばかり考えてしまい自己嫌悪になっていた自分が救われたような気になってさめざめと泣いてしまう。自分のことを考えてしまうのはしょうがないじゃないか、俺は28年間俺をやってきたんだから。わたしみを把握した先でしか、家族のことは考えられない。速攻で捉えるよ。もう少しだから待ってくれ。
それにしても「わたしみ」と「パーティードレス」がつながるってことにこのときまで気づかなかったな。大森靖子をもっとも冷静に広く深く批評できるのは大森靖子なんだな。

 

そして「マジックミラー」では「大森靖子の《わたし》」と「ファン=他者の《わたし》」が乱反射してきらめく。その後の「VOID」はアルバム収録の弾き語りバージョンとは異なりバンドで疾走しながら《僕》のめんどくささを言祝いだ。

 

嫌われたくない  ひとりになりたい  だけどさみしい  傷つかれたくない  VOID LOVE VOID LOVE これが僕らの幸せさ

 

「VOID」は二度鳴る。二度目はパーフェクトにパンク。あまりにも速く走ろうとしすぎて足がもつれながらも止まらない、速すぎて音はぐちゃっと潰れてもいて、それが《ぼく》と《きみ》を瞬間的に融解させたからロマンティックだった。銀杏BOYZ「駆け抜けて性春」をはじめて聴いたときの狂おしさ越えた。
「VOID」も「みっくしゅじゅーちゅ」も、さらにいえばゆるめるモ!に提供した「うんめー」もそうだけど、大森さんはときどき君と僕の境界線をぼやけさせようとする。《わたしはわたしよ心があるもの》や《なんとなくふたりがひとつそんな気になれるだけ》 と嘆息する大森靖子が同時に、《うちを抜け出して僕の部屋においで》と誘い《おねがい君と私はほらもっと君か私かわからなくなるほどCRAZY CRAZYに溶けて》しまうことを願い《ここにあるのは君と僕の透明な運命と境界線》を幻視するからエロいんだよな。塊が溶けて液体になるから官能的なんだよな。そんなことを思うと俺の頑なな心もやわらいで涙が出てきてしまう。

 

他にもこのライブの個人的なグッとくるポイントはたくさんあって、「東京と今日」では今年この動画が公開された2月のある日の表参道の寒さを思い出して切なくなったし、「5000年後」でのざらついた歌声にはハラハラさせられたし、そこからの歪んだアコギの音色が導く「SHINPIN」にもたまげたし、kitixxxgaiaツアーファイナル、MUTEKIツアーファイナルに続いてパフォーマンスされた「最終公演」も染みた。「流星ヘブン」のときにはMUTEKIツアーファイナルで見た譜面台を結んだ星々が、空に浮かんでいて美しかった。ラスト、「死神」を歌い終えた大森さんが限界まで伸ばしたマイクスタンドはステージ中央にそびえたっていて、マイクの前に立つ巨大な死神の幻が一瞬見えた、ほんとに。でも口に出すと嘘っぽくなるから、いっしょにライブに行った妻には話してない。

 

ここで唐突に今回のセットリストを。

 

1.GIRL'S GIRL

2.Over The Party

3.TOKYO BLACK HOLE

4.ドグマ・マグマ

5.イミテーションガール

6.非国民的ヒーロー

7.7:77

8.ラストダンス

9.アメーバの恋

10.わたしみ

11.パーティドレス

12.マジックミラー

13.VOID

14.東京と今日

15.5000年後

16.SHINPIN

17.最終公演

18.流星ヘブン

19.きもいかわ

20.死神

アンコール

21.絶対彼女

22.ミッドナイト清純異性交遊

23.REALITY MAGIC

 

ライブに大満足して家に帰ってからふと気づく。「呪いは水色」「IDOL SONG」「君に届くな」「アナログシンコペーション」「ピンクメトセラ」「さっちゃんのセクシーカレー」「オリオン座」「少女漫画少年漫画」「子供じゃないもん17」「きゅるきゅる」「POSITIVE STRESS」「あまい」「ハンドメイドホーム」「焼肉デート」「JI・MO・TOの顔かわいい友達」「PINK」「給食当番制反対」そして「音楽を捨てよ そして音楽へ」。俺の好きなこのあたりの楽曲が演奏されていなかったにもかかわらず、俺はこの日のライブに足りないものを何ひとつ感じなかった。こんなのはじめてだった。誰のライブに行っても必ずいつも「あの曲も聞きたかったな」という贅沢な不満を抱くものだけど、この日はそれがまったくなかった。つまり、やっぱり、俺にとって『クソカワPARTY』はマスターピースなのだった。大森さんは前掲のインタビューで「自分の真実を人に伝わる言葉で描いたら、よりエグくなる」と笑っていたけれど、大森靖子の真実がいまの俺にシンクロしていることがとても嬉しい。

 

 

ところで、いま俺は主夫として7ヶ月児の世話をしていて、その育児の合間に「あまちゃん」を見てる、というか「あまちゃん」を見る合間に育児している。第91回でアイドルの夢を諦めたユイちゃん(橋本愛)が上京してGMT46のメンバーとしてがんばっているアキ(能年玲奈)に対して、アイドルなんてダサいことなんでやってんの?と言い放つ。アキの返す言葉がかっこいい。

 

楽しいからに決まってるべ。ダサいけど楽しいから、ユイちゃんと一緒だと楽しいからやってたんだべ。ダサいくらいなんだよ、我慢しろよ!

 

“ダサい”は徹底して感覚的な言葉で、時代によって常にゆらぐ浮ついたものなのに、呪いとしての強度はけっこう強い。ダサくたって、楽しいを大切にすりゃいいよね。楽しいの先にしか継続、永遠はない。みっともなくたってこんな文章を書き続けたい、楽しいと思えるかぎりずっと。


ライブ本当に楽しかった。チケットに5500円払って、ベビーシッターに1万円近く払って、グッズも2万円分も買う、自分で苦労して稼いだお金をあっさりと捧げられることの尊さよ。Tシャツナナちゃんかわいすぎて、ライブから帰ってきた夜はそれを着たまま寝ることにした。それくらい楽しかった。

 

ユイちゃんじゃなくて橋本愛が、Instagramで「一生大森靖子です」と言っていた。

 

 

俺もずっと前からそう、一生大森靖子です。橋本愛とまでシンクロしてしまった。最高に最高が重なっていく。

死にたくないね、一生大森靖子じゃ足りない。フォーエバ大森靖子。MUGEN大森靖子大森靖子を愛するすべての人死なないでくれ。永遠に一生クソカワPARTYしてたいよ。

今回の感想文はこんな感じになるしかなかった。一刻もはやくまた大森靖子のライブに行きたい。このシンクロがたとえ一瞬だとしても、この瞬間があったことは忘れない。

 

 

 シンガイアズクソかっこいいな〜〜〜。