ひとつ恋でもしてみようか

いつも同じようなことを言っている

車の自由

地元の沖縄には電車が走っておらず、ゆえに線路はなかった。自動車教習所のなかに踏切はあったものの、それは架空の踏切というべきものであって、実際的な踏切は沖縄に存在しない。

だから、未だに踏切を通るときは緊張するし、新鮮な気持ちだ。踏切を通過したことは100回もないはず。はじめて踏切を渡ったときのことは残念ながら覚えていないけれど。たぶんそのとき友人といっしょだった僕は、踏切を生まれてはじめて越えるという自分にとっての一大事が、友人にとってはどうでもいいことだと思い、話すのをやめたのだと思う。

 

水平の遮断機の足止めされ、目の前を通過する電車を見る、軌道のうえをゆく電車は、乗物というよりもベルトコンベアを流れるダンボールのようだと思う。すべての車両は走っているのではなく、流されているだけのように感じられる。まったく同じ軌道を、ほとんど同じ速さで、毎日流されていく。それは日常と安心の象徴だ。

 

他方で、道路を行く自動車はあまりにも危うい。1トン以上の鉄の塊が各人の意思のままの軌道で、速さで動く。道路標識や信号機、交通ルールはあるけれども、そこにレールは敷かれていないから、逸脱することは簡単。ちょっとハンドルを切れば、対向車と正面衝突できる、歩行者を撥ね飛ばせる、コンビニに突っ込める。その自由があるからこそ、ちょっと気合を入れれば日本のどこへでも車に行けてしまう。その危うさと可能性を思い出すとしびれる。だから僕は自動車に乗るのが怖い。免許証は持っているけれども怖い。こんなにもそそっかしくて忘れっぽくて感情がゆらぐ男が自動車を操縦してはいけない。自転車だってまともに乗れないのだし。

 

でも、いま、運転に踏み切りたい。流されるままの電車ではなく、自由意志でどこまでも行ける車。そいつをコントロールできるという自信がつけば、この臆病で怠惰で人任せな自分の性格すら一変するだろう。

 

 

先日、友人と逗子・葉山をドライブしてきた妻が帰ってきて「車があったらこの町はもっと楽しいんだね、知らなかった」と言った。来週僕らは引っ越す。