ひとつ恋でもしてみようか

いつも同じようなことを言っている

小沢健二「春の空気に虹をかけ」雑感。見ること見られること

小沢健二のツアー「春の空気に虹をかけ」は初日の国際フォーラムと日本武道館1日目に行った。

国際フォーラムのあと、同じ会場にいたという友人と話す機会があって彼は「国際フォーラム良かったけれども『魔法的』のほうが何回も見に行きたいツアーだったよね」と言ってて深くうなずいた。2年前の魔法的ツアー、ぼくははじめてのオザケンライブということでドキドキした。そしてなによりも、ファンの誰も聞いたことのないすばらしい新曲たちが矢継ぎ早に放たれていく事件性にえらく興奮した。小沢健二を見るうえでは「魔法的」のほうが今回の「春の空気に虹をかけ」よりインパクトは大きかった。

しかし今回のライブは36人編成のファンク交響楽団だった。36人のなかには満島ひかりもいる、あの満島ひかりだ。今回のライブは、小沢健二だけを見るのではなく、アルペジオで名前を呼ばれた36人全員(プラス、カメラマン)を見るものだった。そう考えれば「魔法的」同様に「春の空気に虹をかけ」も間違いなく事件だった。こんなに多くの登場人物に視線を注ぐよう促すなんて、『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』かよ。

国際フォーラム、ぼくは19列目で、そこはステージからとても近くはないけど、それでもあの満島ひかりと同じ空間にいるという実感はほかのアーティストからは得られないものだった。かけがえのない満島ひかりの神聖さ。あらゆる邪を知ったうえで彼女自身のたゆまぬ努力と類まれな才能(なんて凡庸な表現なんだろう、「たゆまぬ」と「類まれ」で片付けられるものじゃないよな)のうえに築かれた、ような神聖さ。それはなんとなく、凡なぼくらにも想像できるじゃないですか。

iTunes小沢健二満島ひかりの対談、あの傘のエピソードには鳥肌がたった。こんな感性があるんだ、と素直に驚いた。「いちょう並木のセレナーデ」の静かな感動は、ステージに座り弾き語る小沢健二に、満島ひかりが傘を差してやったことにある。人びとの視線を遮る雨傘のなかが好きだと言った満島ひかりが、そのバリアで小沢健二を守る。この演出によって「いちょう並木のセレナーデ」の親密さは際立った。「いちごが染まる」での謎なパフォーマンスもそうだけれども、今回のオザケン満島ひかりに守られているように見える場面があった。「ある光」は満島ひかりが歪んだギターで先導し、「フクロウの声が聞こえる」では照明まで操ってみせた。

人の視線に晒されるということ、その快楽と不快の両方を文字通り痛いほど知っている人間が、国際フォーラムの5000人、武道館の10000人の視線を受けとめて、普段やってる演技とは異なるパフォーマンスをすることを今回引き受けた。しかもあの小沢健二の横で。偉大なミュージシャンとパフォーマンスすることへの溢れる喜びと強烈なプレッシャーは想像を絶する。

しかし、この日の満島ひかりは見られることに終始しなかった。自らの手に持った小さなミラーボール(?)でスポットライトを乱反射させ、会場の人間ひとりひとりを照射した。ひかりにあてられたときぼくは、彼女の放つ光を浴びる喜びに浸る一方で、ぼくも満島ひかりの目に映る存在なのだと気づき少なからず緊張した。ぼくらは一方的に見る存在ではなく、見られる存在なのだと思い出した。ぼくらは見られるように振る舞わなくてはならない。きちんとしていなくちゃならない。人はよく勘違いするけれども(特にこんな時代には)、見るほうは決して主体じゃない、視線を受けるほうがいつだって《主》だ。

オーディエンスにシンガロングを執拗に求め、踊りに誘う小沢健二からも、主体的であれというメッセージをぼくは受け取った。そういえば初日が終わった後の楽屋からの中継、満島ひかりはお客さんの顔が思ってた以上によく見えた、と言っていた。

 

国際フォーラムでは砂かぶり席だったこともあり、小沢健二満島ひかりの目に映るかもしれない自分が少し恥ずかしくなって、集中の途切れる場面もあったけれど、武道館は2000円席だったから高みの見物でライブを把握するにはよかった。「魔法的電子回路」の彩りや人びとの表情をうかがうには最高のポジションだったし、なんなら音も国際フォーラムよりもずっと良く聴こえた気がした。でも、やっぱりスタンド席に座って見るライブでぼくはオーディエンスでいつづけることになった。「フクロウの声が聴こえる」のサイケな極彩色の照明を浴びながら音の洪水にまみれる体験は、武道館のスタンド最後方よりも、国際フォーラムの砂かぶりのときのほうが気持ちよかった。

とは言ったものの、スタンド席でも常に歌い踊る人はけっこういて、ファンク交響楽団はしっかり武道館中を熱狂させていた。ぼくがまだ見られる側になれなかったというだけだ。自意識の問題……。

 

先日「今度、小沢健二見に行くんですよね」と自慢げに言ってみたら「でも、世代じゃないよね」と言われた。

武道館2日目(ぼくは行かなかった)、「私はオザケン世代じゃないので」という満島ひかりの話を受けて小沢健二は次のように言ったという。

 

 

まったくその通りだな。「世代を越えて愛される」なんて言葉すら拒否する強度のあるMCだ。