ひとつ恋でもしてみようか

いつも同じようなことを言っている

僕はツタヤから可能性を持ち帰っていた

ツタヤに行かなくなった。自宅周辺にないからだ。

 

上京して最初に住んだ町は、町田。神奈川県の淵野辺というところに大学のキャンパスがあったのだが、僕はどうしても「都民」になりたかったので、町田に住むことに決めた。町田がネタにされていることすら知らない田舎者だったのだ。

しかし町田は良いところだった。ルミネもマルイもヴィレバンも、タワレコブックオフもツタヤもあった。僕のような田舎者にとって、ちょうどいい都会だった。

当時、町田には2件のツタヤがあって、僕は町田ジョルナに入ってた店舗によく行った。そこでウディ・アレン北野武を知ったのだった。しかし僕は、当時借りたDVDの半分も見てない。映画DVDは借りるときがいちばんテンションが上がる。自宅に持って帰った途端、それは色あせてしまう。深夜のツタヤで借りたDVDは、1週間、袋のなかで眠る。

 

ツタヤ・町田ジョルナ店は、僕が目黒に越してから、なくなってしまった。

 

目黒に越したのは、キャンパスが淵野辺から渋谷に変わったからだ。当時僕の在籍していた大学は、3年生以降の講義が渋谷のキャンパスで行われていた。

目黒に越してからは近所のツタヤはもちろん、代官山や渋谷のツタヤにも足繁く通った。そのころからゴダールやらトリュフォーやら、ハワード・ホークスやら小津安二郎やら、エドワード・ヤンやらマノエル・ド・オリヴェイラやらを知るようになった。知るようになっただけで、見るようになったわけではない。

見ないまま返却するDVDの本数は、町田にいたころよりも増えた。この世の中にはおもしろいとされている映画が無数にあって、それを見ることに憧れてはいたものの、実際に鑑賞することには熱心じゃなかった。僕はたぶん家で映画を見るのがそんなに好きじゃない。借りるのが楽しかった。借りているときの、可能性に触れている感じが好きだった。まだ見ぬ世界がいますぐ見れる、そういう可能性を家に持ち帰るのが愉快だった。

 

そうして、いまはツタヤのない町に住んでいる。全然不便だと思わない。不便だと思わない自分にちょっぴりガッカリする。100円で感じられた可能性が、いまはもう手に入れられないのだ、というちょっとした寂しさもある。

とはいえ、ネットフリックスやらアマゾンプライムやらを開けば、無数の映像作品が見られる。「映画史に残る不朽の名作」だけでなく、今はまだ価値の不安定な作品たちが、そこではつぎつぎ生まれている。それらはこれから「不朽の名作」になるかもしれない。

 

ツタヤで僕は、過去に可能性を求めていたのだった。しかし、僕はそれに夢中になれなかった。夢中になれないことがコンプレックスだった。

じゃあ僕は、ネットフリックスの中でなら夢中になれるのだろうか。現在を自分の価値観で見極め、可能性をつかむことはできるんだろうか。

今日も「マイリスト」が増えていく。

有限の時間の中で、僕は未だに自分の好き嫌いもよく分からない。自分が何を話したいのかも分からない。「好きな映画は?」と聞かれたら途方に暮れてしまうだろう。