ひとつ恋でもしてみようか

いつも同じようなことを言っている

御茶ノ水の聖堂

雨のそぼ降る御茶ノ水駅周辺を歩いていた、アテネフランセで映画を観た帰りのことだ。

前から気になっていた「ニコライ堂」こと東京復活大聖堂に入ってみようと恋人を誘った。

門を入り、建物の入口の前に立つとガラスの扉は閉まっていて、今日は閉まっているのかと思った。しかしよく見るとまだ拝観時間が終わっていないことを貼紙は告げていたので、おそるおそる扉を開けて入ってみた。

入って左手のカウンターのなかに体の大きな東欧系のおばさんがいて、拝観料を払うと彼女はろうそくを俺たちに1本ずつくれた。彼女は「今日は18時から『バンド』があるからもしよかったら残っていってください」と言った。

 

中は薄暗く、天井は高かった。さまざまな聖人をかただったステンドグラスは、雨模様のこの日、明かりとりとしての役目をあまり果たせていなかった。

聖堂の至るところでろうそくの日が揺らめいていた。手に持ったろうそくを燭台に立てようとすると先のおばさんが「柱より向こうは信者の方だけだから行かないで」と言った。終始眉間にシワを寄せているが、怒っているわけではなさそうだ。そういう顔つきなんだろう。

恋人と共に、燭台で短くなりゆくろうそくから自分のろうそくに火を移し、それを台に乗せた。俺は思わずろうそくに灯った火を左の手のひらで仰いでしまった。ろうそくに慣れてないから、線香の要領で振る舞ってしまったのだ。

そのくせ十字は切ってみたりした。

 

おばさんがやってきて「何か質問ある?」とぶっきらぼうに言った。俺は離れたところでステンドグラスを見上げている恋人に目をやり、それから「『バンド』ってどんな感じでやるんですか? パイプオルガンとかってないんですね」と聞いた。すると怪訝な顔をしたおばさんは「バンド?  バンドなんかするわけないよ、バントウだよ、バントウ」と言った。バントウ……あ、晩祷か、とようやく自分の勘違いに気づく。

そのあとはおばさんに何も質問できなくなったしまった。

 

聖堂のなかはまだ信者の人も少なく、俺たちとは別にひとり、気まぐれに入ってきた主婦然とした女がひとりいるだけだった。静かな聖堂の中ではろうそくに揺れる炎の音まで聞こえてきそうだった。俺と恋人もあまり多くは話さなかった。

遠くで揺れるいくつもの小さな炎を眺めていると落ち着いた。

 

やがて信者たちが集い始め、彼らは柱の向こう側で孤独に祈りを捧げていた。聖堂の正面向かって左側では図書室の閲覧台のようなものの前に何人かが座っていた。彼らは晩祷のとき歌うのだと後で知った。

俺たちは壁に沿って並べられた長椅子に腰かけていた。

 

受付にいたおばさんがそばにやってくる。「大主教が来られるので立ってください」と言う。

言われるがままに立ち、大主教をみとめる。顔は見れない、俺たちは彼に対して頭を下げるからだ。なんとなく、戦前、天皇陛下が御幸に来られた際、庶民はこんな感じで頭を下げていたのかなと思う。

 

大主教は聖堂正面の大きな扉の向こうに消えていった。晩祷のあいだ扉は開いたり閉じたりした。扉の向こう側では司祭たちがテーブルのようなものの周りをゆったり回っていた。独特の祈りの言葉が聖堂を満たす。キリスト教というより、仏教イスラム教の祈りに似たものを漠然と感じた。信者たちの合いの手のようなものも加わる。

ある司祭が振り香炉というものを振りながら、司祭をふたり引き連れて、聖堂を練り歩いた。香炉は鎖に繋がれていて、それを振ると煙が出てくる。煙は芳香がする。司祭は香炉を振りながら聖堂内を歩き回り、芳香を俺たちにまとわりつかせていった。この匂いがたまらなく好きで、もういちど嗅ぎたいなと思ったら練り歩きがもういちどあった。この匂いにまんまとハマってしまったな、と思った。あの匂いを嗅ぐためにもういちど聖堂を訪ねたいとすら思う。今はもうその香りは忘れてしまったが。

 

晩祷がいつまで続くのか分からなかったので、恋人と共に儀式の途中で聖堂を後にした。

日本でもこのような正教会の儀式が定期的に行われているというのはなんとも不思議な感じがした。日本にも異国があるのだ。