ひとつ恋でもしてみようか

いつも同じようなことを言っている

「夏休みの宿題はギリギリまでやらないタイプ」は嘘

自分は「デッドラインギリギリまで頑張らない人間」だと、俺はずっと思っていた。夏休みの宿題、受験勉強、履歴書の提出など、いつも「ここで走り出さなきゃ間に合わない!」というところで腰を上げる。そうやってなんとか期限内に終わらせる……自分はそういうタイプの人間だとずっと思っていた。

 

しかし「24時間に1回ブログを更新する」というノルマを自分に課してから気づいたことがある。俺は今まで締切に間に合ったことがほとんどない。

 

夏休みの宿題だって親に泣きついて苦手な絵の宿題は描いてもらった。大学受験も浪人生活を送ったし、2年目も目標としていた学校にはけっきょく受からなかった。就活の履歴書だって間に合わなかったものがたくさんあった。そもそも内定をもらったことがない。

 

そういう事実は無数にあるのに俺は、自己認識を歪めることで、自分が締切に間に合ってない事実に気づかないフリをしていた。

夏休みの宿題なんてみんな親に手伝ってもらってるはず、普通よりは良い学校に受かったんだからオッケー、履歴書を出せなかったところはそもそも相性が悪かったのだ……。そういう言い訳を無意識にたくさんして、俺は「デッドラインギリギリでようやく頑張りはじめる自分」を幻視した。

 

最近ぼちぼちもらえるようになった書き仕事だってそうだ。インタビュー前にやれるべきことはすべてやった、と胸を張れる仕事はまだないし、締切に間に合わせた原稿で「やりきったぞ!」と思えたものもない。いつもどこか中途半端で、最低ラインには達していても、それ以上のクオリティーは実現できていない。

それはけっきょくのところ「腰を上げるのは遅いけど、走りはじめればなんとかなる」という誤った自己認識に基づいて仕事のスケジュールを管理していたからだ。

俺はいつだってゴールに達してなかった。そんな無残なレース結果を直視せず、自分で自分を慰めていた。

 

 

このブログだって、毎日0:00に日付が変わる瞬間までに更新する、という最低限のルールを守っているだけ。今日のこれだって30分前に思いついて書き始めたことだ。ほとんど読み直すこともないまま、垂れ流しているだけ。

ほんとは「(自分にとってだけでも)それなりにおもしろいもの」を毎日書くのが目標だったはず。「毎日更新する」のはなんのためだったのかを忘れている。文章がうまくなりたかったからじゃなかったのか、自分が書きたいことを見つけるためじゃなかったか。手段が目的になってしまっている。

 

俺は夏休みの宿題に間に合ったことがなかった。今年の夏はそんなざまで終わりたくない。