ひとつ恋でもしてみようか

いつも同じようなことを言っている

ラスベガスに行きたかった

近所のビリヤード店が潰れた。大学時代、友人と通っていた店だ。

 

友人のチヨダをビリヤードに誘った。チヨダはからきし素人だった。俺は中学生の頃からたまにビリヤードをしていたので、ルールや基本的な打ち方などは身につけていた。

暇を持て余した俺たちは最低週1でそのビリヤード場に行くようになった。なんでも比較的器用にこなすチヨダはすぐ上達した。

 

何度も通ううち、俺たちより年下の従業員プロハスラーが声をかけてくれるようになった。大学では絶対に友人になれないタイプの男だ。切れ長の目、さらっと流れる茶髪、ほっそりした手足、色白、スポーツマン……。何を考えているのか分からないタイプの人間だった。親身にアドバイスをしてくれるが、本当は俺らを小馬鹿にしてるのかもしれない。そういう疑いの眼差しを向けてしまうのは、彼がすこぶる魅力的だったからだ。こういう男にカンタンに籠絡されては男がすたる。だから優しくされると反動で頑なになってしまう。俺が女だったら当然彼を好きになってしまう。

 

俺とチヨダは、年下のプロハスラーに言われるがまま、ビリヤードの大会に出るようになった。そのビリヤード場に通う面々でチームを組みリーグ戦に臨む、近隣の各ビリヤード場を転戦するのだ。ホームアンドアウェイで1シーズン終えるのに4ヶ月くらいかかっただろうか。このリーグを勝ち上がり、決定戦のリーグでも良い成績を残せばラスベガス大会に出られるという触れ込みだった。
アメリカに行ってみたかった。

俺とチヨダは「研修旅行でアメリカに行ける」という特典に食いついて同じゼミに入ったのだが、その特典は俺たちの代から無くなってしまった。

 

チヨダとの実力差は明らかに開いていった。彼は凡ミスも少なくないが、勝負強かった。それゆえに、凡ミスもむしろチャーミングってな具合。これを決めれば勝利、というところではちゃんと決められるから、ミスは茶化されて終いだ。チームのみんなに慰めてもらったり茶化されたり褒められたり、チームに馴染んでいた。
その一方で俺はいつもゲームを終わらせる最後の球を落とせなかった。お調子者で、詰めが甘い。緊張に弱く、集中力のない人間だった。愛想も悪いから、チームの面々とは打ち解けられなかった。

 

それまではくだらない話をしてテキトーに笑い合う仲だったチヨダに、ビリヤードというゲームで差をつけられるのが辛かった。だから俺はビリヤードが嫌いになっていった。

しかし「ビリヤードしよう」という口実でしかチヨダを誘うことができなかった俺は、球撞きはしたくないのに、チヨダと話したいがゆえに彼をビリヤードに誘い続けた。
ビリヤードを始める前のように、「飲みにいこうよ」と声をかけるのは気恥ずかしかった。俺は「ビリヤードしよう」という口実を使ってしかチヨダを誘うことができなかった。

 

2人で撞いても俺は毎回負け越すようになった。負けるのは嫌いだ(かといって努力するわけでもない……)。でもチヨダと話したい。そうやって彼と球撞きをしても、俺の気持ちはぐしゃぐしゃになるだけだ。自分から誘ったのに不機嫌になり、そのまま駅で別れることもしばしばだった。俺とチヨダの家は徒歩10分の距離にあるのに、俺たちが互いの部屋で話したのは数えるほどしかない。


チヨダと俺は共に就職留年したのだが、彼は梅雨入り前にしっかり内定を勝ち取った。俺はダメだった。

ビリヤードのリーグ戦はとうに終わり、再びチームを組まされるのが億劫になった俺たちはビリヤード場から足が遠のいていく。ビリヤードという口実を失った俺は「飲みに行こうよ」と言ってチヨダを誘うのにためらいがなくなった。孤独だった俺は、気恥ずかしいなんてもう言ってられなかった。


しかし俺の誘いは断られがちだった。内定者同士の飲み会が頻繁にあるらしかった。
それにこれは俺の想像だが、無職に甘んじようとしている人間と話すのは気が重かったのかもしれない。社会に出ようとするチヨダに、俺と過ごした日々を否定されてると思いこみ、俺は甘ったれたことばかり言って彼を否定しようとした。彼を否定することで自分を守ろうとした。

チヨダの見ている世界と、俺が落ちこもうとしている世界はぜんぜん違っていた。そのことに当時の俺は気づかなかった。

 


季節ごとに、ビリヤード場から割引ハガキが届いた。年下プロハスラーは手書きで一筆添えてくれる。「練習しないと上達しませんよ(^^)」、「いつでも気軽に来てください」、「お待ちしております」……やがてハガキは届かなくなる。俺とチヨダは結局ビリヤード場からフェードアウトし、年下ハスラーの好意を無碍にしてしまう。

 

 

チヨダは今遠くで働いている。俺はまだあの頃と同じ町に住み続けている。彼がここを離れて2年、思い出のビリヤード場は潰れた。あの頃顔なじみだった人たちは、今どこで球を撞いているのだろう。

チヨダとラスベガスに行ってみたかった。

 

ビリヤード店から久しぶりにハガキが届く。閉店するとのことだった。閉店日が過ぎてしばらく経ち、俺はひとりでその店を見に行った。ガラス越しに見た建物の中から、ビリヤード台は失われている。その光景を写真に撮ってチヨダに送った。1年ぶりにLINEを送った。