ひとつ恋でもしてみようか

いつも同じようなことを言っている

ライブ会場で観客が歌うことについて

 

とおっしゃっていたので少し考えてる。

 

サザンオールスターズのツアーを目撃するために東京から神戸まで行った。しかし席はスタンド最後方で桑田佳祐本人は米粒だし、それどころか、大型ビジョンに映るサザンの面々すら見えにくかった。野外競技場で行われたこともあって音は競技場周辺の森に吸収され、音楽もろくに聞くことができなかった。あれは悲しかった。

先のツイートに関連していうと、前後左右でいっしょになって歌うおじさんが多くて参った。俺はおまえの歌聞きにわざわざ神戸まで来たんじゃねえよ、と思った。

ミスチルのライブもいちどだけ行ったが、桜井和寿が「歌えるっ⁉︎」とあのくしゃくしゃの笑顔をつくって観客にマイクを向け「innocent world」を歌わせるのは恒例だ。しかし、それ以外の曲でも喉が枯れんばかりに歌っている人間が周りにたくさんいて参ってしまった。

 

 

あれから4年。今の俺は大森靖子のライブに足繁く通っている。最近の大森靖子は「オリオン座」という曲で観客に合唱させる。

 

ワンマンライブにおける「オリオン座」は手書きの歌詞コピープリントを配り、歌ってもらうことを前提にされた曲になっている。「オリオン座」がかかっている時の大森靖子は歌詞を体で表象していた。躍動する身体でオリオン座の歌詞世界を立ち上げていた。

 

で、この「オリオン座」合唱によって、「みんなで歌う」という行為の気持ちよさに俺は気づいた。

自分で歌詞を口にすることによってその言葉たちが生き生きと立ち上がってくる。ミュージシャンの歌をただ聞いているだけだと、別のことを考えてしまう瞬間もあるが、歌っている時は瑣末な思考からも解き放たれ、自意識からも自由になった自分がいる。そして「ただただ歌っている自分」が俺以外にもいることに気づく。会場中がさまざまな人間の歌声に満たされる。自分の声と他人の声が混ざり合う、あの陶酔感は他にはない。セックスよりセックスなのでは。

 

最近、映画研究者・加藤幹郎の『映画館と観客の文化史』という本を読んでいる。

そこに書いてあった映画史初期(20世紀頭)の映画館・ニッケルオディオンに関する記述がおもしろかった。ちなみにニッケルオディオンとは5セント硬貨(ニッケル)で入れる劇場(オディオン)という意味。

 

イラストレイティッド ・ソング(注:スライドショー付き館内合唱)はヴォードヴィル劇場(ニッケルオディオンの前身)全盛期から継承された人気演目のひとつであり 、観客はサイレント映画を見ることと同じくらい 、映画館でスライドを見ながら歌を歌うことを楽しんだ 。

 

かつてアメリカの映画館で組まれていたプログラムでは、(今と比較すれば)上映時間の短いサイレント映画とイラストレイティッド・ソングと呼ばれる館内合唱の2つが目玉とされていた。

イラストレイティッド・ソングとは、マジックランタンによって投影された詞の字幕と歌の内容が人物や風景によって表側されたスライドショーを見ながら観客が歌う演目のこと。この時観客はピアノ伴奏や歌手の歌に合わせていっしょになって歌うらしい。

映画館に訪れる人々は、サイレント映画を見ることと同じくらい、歌手に合わせて大勢の観客とともに歌うことを楽しみにしていたのだという。

 

そこでどんな歌が歌われていたのかは、俺には分からない。でもきっと教会で歌われる聖歌なんかとは違う「ポピュラーソング」が歌われたのだろう。教会以外の場所に人が集まり、いっしょになってたのしく歌うという行為ができたのがニッケルオディオンだったのかもしれない。厳かとか静謐とは違う、歌うことによるポップな快楽に人々は酔いしれた。

 

だから、ポップミュージックのライブ会場は現代におけるニッケルオディオンの役目があるのかもしれない。

サザンやミスチルのライブでは大型ビジョンに歌詞テロップが表示される。今まで俺はこのテロップは歌詞を観客に知らせる意味しかないと思っていたけど、本当はいっしょに歌おうよ、ということだったのかもしれない。その歌のメロディーをうろ覚えてるだけの人も、いっしょに歌ってくれていいよ、ということだったのかもしれない。

 

カラオケのような閉鎖された空間で歌うのとも、教会のような神聖な空間で歌うのとも違う。ましてやスポーツ観戦で応援するために声を張り上げ歌うのとも異なった快楽がライブで歌うことにはある。ライブ会場という祝祭空間で何千、何万人もの人と声を合わせることの陶酔感。自分の声が出会うはずのなかった無数の他人たちのそれと溶け合って私があなたであり、あなたが私であるような体験ができるのは確かにライブの醍醐味なのかもしれない。そういう体験がどういった効用をもたらすのかは分からないけど、それは確かに気持ちがいいのだ。