ひとつ恋でもしてみようか

いつも同じようなことを言っている

ヒゲ

梅雨入りくらいからヒゲを生やしはじめた。最初はただの無精ヒゲだったんだけど、それを見た恋人が「いいじゃん!」と言ってくれたから伸ばしてみた。昔からヒゲを生やすことに憧れがあったので、勇気づけられたかっこうだ。

アゴのところだけ残している。鼻の下と、もみあげから繋がるアゴに至る手前までのライン、そして喉仏周りは剃っている。

 

ヒゲを生やすようになってから、少し自信がついた。ただ伸ばしっぱなしにするのでもなく、かといってすべてのヒゲをなきものにするわけでもない。ある程度整えられたヒゲは、俺をほんのちょっとだけオシャレな人にしてくれた気がする。

アゴ周り以外の無精部分はしっかり剃るし、アゴのヒゲも伸び過ぎたら眉毛をカットするために買ったハサミでテキトーに切りそろえる。こういう一手間が自然にできるようになることで、自分はオシャレに無頓着なわけではないのだ、という自信が少しついた気がするのだ。

 

 

自意識の強い人間にとって、オシャレしてみるのはとても難しい。「オシャレをしている自分」という自己認識を突破しなくてはならないからだ。

人からどう見られているかを過度に気にした果てに、俺たちはなんでもないような服を着るようになった。褒められもしないけど、バカにもされないような服装。

ひよっこ』を見ていると、ドラマの主体たちの後ろで、街行く名もなき人たちがメロンソーダみたいにビビッドな緑色のズボンを履いてたりして驚く。今は新垣結衣ユニクロのなんでもないような服を着せられて踊る時代だ。

 

なんか大風呂敷を広げつつあるので、この辺で自分の話に戻る。そんなでかい話ができるような分際ではないのだ。俺はようやくオシャレの端緒を掴みかけたところなんだから。

 

 

こないだ美容室に行った。ヒゲを伸ばすようになってからはじめての散髪だった。いつもと同じように、初対面の美容師に「今日はどうします?」と聞かれる(担当の美容師を決めてしまうと毎回色々と話したりしないといけなくなるような気がしてめんどくさいから、美容師は毎回別の人にしてもらう、あと美容室も一か所に固定しないようにしている)。

雑誌をパラパラとめくって、なんとなくイメージにいちばん近い写真を指差して、こんな感じでお願いします、とが鏡に映る美容師に伝える。

その時、目の端にいる鏡の中の俺がヒゲを生やしていた。だらしなさゆえに伸びてしまったヒゲではなく、あえて伸ばしているヒゲがそこにはあった。あえて残しているヒゲからは、そこはかとない「こだわり」の雰囲気が感じられる。「あえて」ヒゲを伸ばしていることによって、美容師に相対する俺のスタンスが少し強気になった。俺はヒゲという本来は無駄な毛を残しちゃえるセンスの持ち主なんだ、と物言わずして主張できている気がした。

だからこの日は美容師が「こんな感じでどうですか?」と言って鏡を渡したとき、「もうちょっとサイドを軽くしてください」と注文できた。今までだったらちょっと気に食わないくらいは、どうせすぐ伸びるしまあいいか……と思って妥協したのだが、この日の俺は違った。なんたって俺はヒゲというムダな毛で遊べてる男だから。髪型だってちゃんと主張するよ!  と思えた。

 

 

もともとがズボラだからヒゲを生やしたことによってすぐさまオシャレに目覚めることはないんだけど、とりあえず最近の俺はヒゲを伸ばしたおかげで自分がオシャレをしていい人間だと思えるようになった。どんな格好をしてたって、もちろん銭湯で裸になってたって、俺のアゴにはヒゲが生えていて、そいつは最近新しく芽生えた俺の自尊心だ。

 

 

 

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