ひとつ恋でもしてみようか

いつも同じようなことを言っている

ビニール傘

傘を持たない人間だった。傘を持たないのは俺の故郷の県民性らしい。車社会だからドアトゥードアの距離が短いというのも理由だろうし、スコールが多めだからというのもあるかもしれない。スコールはやり過ごすものだから、傘は要らないのだ。

鉄道がないとか、亜熱帯気候の下に浮かんでるとか、そういう理由で傘を持たない県民性が育まれたらしい。

東京が台風に見舞われると、街行く人が強風によって傘を折られる映像をテレビで目にする。それを見るたびに母は「内地の人は台風なのに傘さして危ないね」と「ナイチャー」を小馬鹿にしたものだった。

 

県民性とは関係ないつもりで、高校生の俺は傘を持たなかった。傘をさすのはかっこわるいと思っていたから傘を持たなかったのだ。合理とは違う、己の美的な感覚ゆえに傘を持ってないつもりだった。しかし、いまに思えば結局のところ、傘を持ち歩く人が周りに少なかったから持たなかったというだけな気がする。俺は周りに流されていたに過ぎない。

「登校中の雨を避けるためにさした傘は、夕焼けのなかでは無用だ」とかひとりで思っていた。誰への言い訳だったのだろう。

 

ある金曜日の帰り道、見知らぬおばあさんに傘を借りたことがあった。

バスから降りても雨脚は強いままで、僕の真っ黒の髪の毛と学ランはびしゃびしゃだった。最寄りのバス停から家まではものの5分。どうせ週末だから学ランはクリーニングに出すので雨に濡れても気にならない。そして何より雨に濡れるのは気持ちよかった。鬱屈した気持ちを下水に流してくれる雨だった。

 

濡れながら俯いて歩いてたら、「そんなに濡れて!」と声をかける人があった。顔を上げるとそこには白髪のおばあさんがいて、彼女は俺を手招きする。「傘貸して上げるから」と言って俺の返答など待たずに家のなかに入っていく。家はもうすぐそこだから大丈夫です、そう断ろうと思って彼女が帰ってくるのを待った。

 

ビニール傘を持って家から出てきたおばあさんはまたもや俺の発声を待たずに「ご飯食べてく?」と言った。

初対面の人の家で夕飯をごちそうになるなんてなんだかおもしろいなと思った俺は、傘を断るどころか、結局飯までごちそうになってしまった。

 

チャンプルーとみそ汁とご飯。本当になんの変哲もないメニューだったが、母が作るそれとも、定食屋で食べるものとも違う、その家庭ならではの飯は、「おいしい」という尺度とは別のところで俺を喜ばせた。

おばあさんとその息子夫婦と共に、片付いてるとはいえないダイニングで丸テーブルを囲んだ。

 

おばあさんは自分の家が豆腐屋で、自宅の一角で豆腐を作っているのだと教えてくれた。毎日通る帰り道だったが、おばあさんが話してくれたから、はじめて知った。

帰り際、おばあさんの息子は「年末年始の豆腐作り手伝ってほしいから、ヒマだったらおいで」と言ってくれた。「ほんとですか!  ぜひ伺います!」と言ったきり、俺はその豆腐屋の前を通るのをやめた。おばあさんが貸してくれたビニール傘も返すことなくどこかにいってしまった。

 

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