ひとつ恋でもしてみようか

いつも同じようなことを言っている

銭湯に行くようになった

僕の住むアパートの目と鼻の先に銭湯がある。
この部屋に越してきてから6年目になるが、その銭湯にはじめて入ったのは今年つい最近のこと。付き合いはじめた恋人に連れられてだ。

 

僕の地元・沖縄は温暖な気候のせいか、風呂に入る習慣のない人が多い。シャワーで汗を流すだけで済ませてしまうのだ。
子供の頃、風呂はちょっとしたイベントだった。父が「今日はバブにしようか」というと僕らはお祭り気分で喜んだ。ちなみに我が家では《入浴剤の商品名→お風呂》になっていた。
僕らが風呂に入るのは、冬の本当に寒い日や(沖縄だからそんな日は数えるほど)、大晦日に1年の汚れを落とすためだった。

 

それに僕は沖縄で銭湯を見たことがない。高校生の時、学園祭の準備か何かでクラスメイト全員で校舎に泊まった夜、何人かの男女が連れ立って「銭湯に行く」と言っていたから、あることにはあるらしい。でも僕は銭湯を見たことがない。
ちなみに銭湯に行ったクラスメイトたちに着いていかなかったのは、僕があまり裸に自信がないからだ(岡村靖幸の「ターザンボーイ」は耳が痛くも憧れる楽曲だ)。 


アパートのすぐ目の前にある銭湯に足を踏み入れなかったのも、自分の裸に自信がないからだ。一方で、銭湯には憧れていた。同じ町に住む老若の男たちと、同じ熱い湯に浸かり、サウナで熱気に包まれて、水風呂にざぶんと入るのは、粋なように思えた。風呂上がり、缶ビール片手に夜道を歩いたらとても気持ちいいだろうな、と想像していた。

 

痩せたら行くんだと誓っていた銭湯の入口はしかし遠かった。僕は全然痩せないし、痩せるどころか食べ過ぎで太っていく。なんならいつからか、部屋のカーテンを開ければ銭湯の入口が見えることも忘れていた。僕の部屋のカーテンは滅多に開かれることなく、だからもちろん窓が開くこともなく、部屋はすっかり淀みきっていた。


この部屋の窓を開けてくれるようになったのは恋人だ。目覚めた彼女はベッドから起きるとカーテンを開けて太陽の光をこの部屋に入れ、窓を開けて外の空気でこの部屋を清めてくれた。
夜型人間だった僕も、彼女が毎週末この部屋に泊まりに来てくれたから朝目覚めるようになった。
あったかいコーン茶を入れてくれて(ドラマ「カルテット」の影響)、寝起きの悪い僕の覚醒に付き合ってくれる。

 

僕がまだ夜型生活から抜け出せていない頃、昼過ぎまで寝ている僕を置いて、恋人はひとりでその銭湯に行った。帰ってきた彼女の上気した頬を見て、やっぱり銭湯行ってみたいなあと思った。
僕の腹はまだぽっこりしていて、相変わらずぽっちゃりしていたけれど行きたかった。
僕はそこではじめて気がついた。裸が恥ずかしくて銭湯には行けなかったのは高校生までのことで、今の僕は新しい場所にひとりで行くのが恐いだけだったんだと。未知の世界・銭湯にひとりで足を踏み入れることに怯えてる自分に気づきたくなくて、僕は「痩せたら行くんだ」と自分に言い訳をしていたのだった。そもそも恥ずかしいほどのデブではないし。
今は恋人といっしょに番台までなら行ける。その先の更衣室・浴場は昔家族で泊まったホテルでも経験していたからなんとかなるはず。だから僕はアパートを出て彼女と手をつなぎ、その銭湯に入った。

 

最初にあの銭湯に入ったのがいつのことか正確には覚えていないし、その時どんな気持ちになったのかも覚えていない(緊張していたのだろう)。僕は本当に忘れっぽくて、この記憶力のなさは恋人を呆れさせている。僕は時々ほんとに大切なことも忘れてしまって、彼女を悲しませてしまう。覚えていたいことなのに、忘れてしまう。
言い訳がましいけど、これは全部部屋が淀んでいた時代のせいだと思う。大学を卒業して何をすることもなく、半分引きこもりだった2年半。昨日と今日と明日の区別がつかなくなった日々、あの頃から僕の記憶は混濁するようになったのだ。
あの頃からは想像もつかないほどに毎日が鮮やかになった今は、記憶もずっとマシになったように思う。それでも彼女の記憶力のよさにはとても及ばない。


あの銭湯にはじめて入った日、さらに言えば人生ではじめて銭湯に行った日を僕はちゃんと覚えてないけど、あの日から銭湯が好きになった。銭湯は憧れではなくて、生活を彩る楽しみのひとつになった。



僕の住むアパートの目の前にある銭湯だけじゃなくて、恋人とふたりで散歩して、ちょっと遠くの銭湯に行ったりもしている。
ちょっと遠くの銭湯はどこも違っていて、老人ばかりの場所もあれば(若者が多い近所の銭湯よりも静かで、しかし常連同士のコミュニケーションがほどよく聞こえてきてよろしい)、湯がクソほど熱いところがあったり(これが案外気持ちよかった)、幾人もがかけ湯用の水溜めを水風呂代わりに使用しているところもあった(マナー違反が当たり前になってるっぽい)。
はじめて行く銭湯にはもちろん当たりハズレがあってガッカリすることも多いのだけれど、「1時間後ね」と約束して湯に浸かり、合流した彼女とする銭湯の品評会はたのしい。どんな銭湯に行っても、その銭湯に対するそれぞれの満足点と不満点とはだいたい一致する。そうして「いつも俺たち同じこと思ってる」と笑い合うのがたのしい。

 

僕は口笛を吹くのが好きだ。銭湯に入っても、思わず吹いてしまう。思わず吹いた後で、他のお客さんに迷惑かなと思って止めたり、気分がいいので吹き続けたりする。そんな時、この音色をもっと大きく鳴らしたら、壁の向こう側で湯に浸かる彼女にも聞こえてくれるんじゃないか、と思う。けど、湯の流れる音や喋り声、桶や風呂いすが鳴って案外騒々しい浴室の中では、壁の向こうに口笛を届けようと思ったけっこう大きな音を出さないといけないだろうから、その思いつきは実行しない。
代わりに向こう側で彼女も気持ちよく、ゆったり風呂に入ってたらいいな、と思う。

 

銭湯を出てしばらくすると恋人は「さっきお風呂で考えたんだけどさ……」と話し始めることが多い。僕がのほほんと彼女のしあわせを願っている間、湯で体をリラックスさせた彼女は具体的に思考している。僕らがどうやったらしあわせになれるのか、そのプロセスに考えを巡らしている。
僕が口笛の音量を上げるかどうかのんきにためらっている時、彼女はちゃぷんと考えていた。

 


僕らは大人で、大人は大変なので、たまに、いっしょに淀みに浸かることもある。
これからはそんな時、いっしょに淀みから抜け出すために僕もちゃぷんと考えてみる。またいっしょに銭湯へ行って別々に湯に浸かった帰り道、缶ビール飲みながら、お互いの考えたことを話して家路に着く。