ひとつ恋でもしてみようか

いつも同じようなことを言っている

「志の輔らくご」in赤坂ACTシアター 「仮名手本忠臣蔵」&「中村仲蔵」感想文

立川志の輔中村仲蔵」をゴールデンウィークに見に行った。

 

ライブや落語とかって「見に行った」でいいのかな、といつも思う。ミュージシャンのライブは基本的には聞くものだけど、でもライブ・パフォーマンスというくらいなので、動いてるさまや衣装、舞台装飾を見るのも楽しみだ。集った自分を含める観客もライブの構成要素なので、たまに客席を眺めてみたりもする。

落語も目で見て楽しいものだ。今年はじめて落語を生で見た初心者なので偉そうなことは言えないけど、やっぱりCDで声だけを聞くよりもずっとずっと濃厚である。

 

(ライブに行くことを「参戦」という気持ち、なんとなく理解できる。でも自分は使う気になれない)

 

立川志の輔が「中村仲蔵」をかける「志の輔らくご」(赤坂ACTシアター)は今年で9年目らしく、のべ3万人は見聞きしただろうと志の輔さんは言っていた。

大忠臣蔵仮名手本忠臣蔵のすべて〜」という『仮名手本忠臣蔵』の解説(講談っていうのかな?)が前半、「中村仲蔵」という落語を後半にやるという3時間弱の長丁場。この構成になったのは3,4年目からと言っていた。

堀尾幸男による歌川国芳のパロディ画が描かれた三枚の巨大なふすま絵を背景にした舞台に、浴衣姿の志の輔さんが出てくる。

中村仲蔵」は歌舞伎役者で、歌舞伎役者は楽屋では常に浴衣でいるそう。この日の本題である「中村仲蔵」をよりよく見聞きするための前知識を補うための前半はいわば「料金外」だから浴衣で出てきたとうそぶいていた。ちなみにこの浴衣の柄は「仲蔵染」といって、菱形に松竹梅をちりばめたもの。中村仲蔵本人が考案した柄の浴衣を着て出てくるとか本当洒落てるなあなんて思う。

 

ふすまが開くとスクリーンが出てきて、志の輔さんはここに次々と映る忠臣蔵の浮世絵をレーザーポインターで示しながら話を進めていく。

300年前に実際に起こった「赤穂事件」に想を得て竹田出雲、三好松洛、並木千柳が合作した人形浄瑠璃仮名手本忠臣蔵』は大序から11段まである長いストーリーで、今回の落語「中村仲蔵」に関わるのは第5段だけなのだが、そこを理解するためには忠臣蔵の大筋は知ってなくちゃならないらしい。

僕は歴史がめっきりダメで教養も皆無なので『忠臣蔵』がどんな話なのかはこの日までわからなかった、まあ志の輔さんの話聞いたら「ああ、なんか聞いたことあるわ〜」くらいには思った、とか言って思わず見栄を張ってしまったので打ち明けておくと、「赤穂」を「あかほ」とか「せきほ」と読んでいたくらいに僕はバカである。「あこーろーし」と聞いたことはある、でもそれが「赤穂浪士」と頭のなかでは結びついていなかった。バカなんです。

 

一般教養のあるみなさんは大体のところ知ってるだろうからここでは「中村仲蔵」に関わる第5段だけ説明を引っ張ってくると……

 

仮名手本忠臣蔵」五段目、通称「鉄砲渡し」の場の後半で、元塩冶判官(浅野内匠頭)家来で今は駆け落ちした妻・お軽の在所・山崎で猟師をしている早野勘平が、山崎街道で猪と間違え、斧定九郎を射殺する有名な場面です。

定九郎の懐には、前の場でお軽の父・与市兵衛を殺して奪った五十両が入っており、
それは、婿の勘平に主君の仇討ち本懐を遂げさせるためお軽が祇園に身を売って作った金。
何も知らない勘平はその金を死骸から奪い……

というわけで、
次幕・六段目、勘平切腹の悲劇の伏線になりますが、噺(「中村仲蔵」)の中で説明される通り、かってはダレ場で、客は芝居を見ずに昼食をとるところから「弁当幕」と呼ばれていたほど軽い幕でした。

 

中村仲蔵」 落語あらすじ事典 千字寄席

http://app.m-cocolog.jp/t/typecast/62757/60017/6065577

 

というかんじ。めんどくさいのでこれ以上は説明しない。

 

 

この「大忠臣蔵仮名手本忠臣蔵のすべて〜」自体もおもしろかった。と言いながらも途中少し寝てしまったのは、僕がバカだから知らない情報が一気に入ってきて脳みそがキャパオーバーでシャットダウンしたんだと思う。

 

トイレ休憩を挟んで、いよいよ「中村仲蔵」。志の輔さんは高座中央をじっと見つめながらゆったりと下手から歩いてきた。もう凄みがある。なにを見つめていたんだろう。

 

家柄がないにもかかわらず4代目市川團十郎に見初められ、名題(看板役者)に昇進した中村仲蔵がその初舞台で振られた役が「忠臣蔵」第5段に登場する山賊・小野定九郎だった。仮にも5万3千石の家老職にある者の息子・定九郎、それなのになぜこんなみすぼらしい風体で描かれているのか、役者も見物人もこのことを不思議には思いつつも「弁当幕」としてちょうどいいから誰も意に介さなかった。名題になったにもかかわらず仲蔵が「弁当幕」を当てられたのは、前代未聞の出世を快く思わない同僚による嫌がらせであった。

 

名題なのだから「こんな役やれるか!」と断ってもいい、しかし中村仲蔵はこの役をどうにか見られるものにしたいと悩んだ。真面目な人なのだ。

悩んで柳島の妙見さま(芸能にご利益があるとかなんとか)にお参りに行ったりなんかする。その帰り道、急な雨に降られそば屋に入ると(ここの雨の描写なぜだか泣けた、最初ぽとぽと降ってきた小雨にも悩みもだえている仲蔵はきづかないのだが、やがて雨が強まるとさすがの仲蔵も気づいてそば屋に飛びこんだ、というだけの説明なのに)、やがて雨に降られた浪人が入ってくる。

髪はボサボサで身なりはボロだが着こなしは粋、穴だらけの蛇の目傘を持って、豪放な振舞いで酒持ってこーい!と言う。別に悪い人じゃない。僕は『野武士のグルメ』の玉山鉄二をもうちょっと汚して太らせた姿をイメージした。この浪人がお猪口を差し出して店主に酒を注がせながら「おうおうこぼせこぼせ、外にこぼすな、中にこぼせよ」と言うところが、この落語でいちばん好きなセリフだ。

 

すっかり彼の身なりに惚れ込んだ仲蔵は舞台初日、背水の思いで彼にインスパイアされた役作りで臨むのだが、何をやっても見物人たちはシーンとしている。一言も発さない。物音すら聞こえなあ。ああ、みんな呆れてものも言えなくなっちゃったんだなあ、ああ俺は失敗しちゃったなあ、と肩を落として家に帰るなり妻に、あんな失敗したらもう江戸にはいられないわ達者でな、と言って家を出るのだが、町を歩いているとちらほらと芝居の感想が耳に入る。聞いてみればみな口を揃えて仲蔵の演技をべた褒めしている。「俺ははじめてホンモノの定九郎を見たよ」とか「本当に良いものを見ると声なんか出ねえんだな、息すら吐けなかったよ」(「ずっと(息吐けなかったの)かい?」「そんなわけないだろ、死んじまうよ!」みたいなやりとりがかわいい)なんて言っている。

師匠の元に行った仲蔵はべらぼうに褒められて、けっきょく「中村仲蔵」は名優として後世に名を残すこととなった、ということでハッピーエンド。

ちなみに中村仲蔵が演じるまで端役だった定九郎は今では若手の実力者が演じる重要な役になったそう。

 

この落語、「忠臣蔵」本番というクライマックスに話が差し掛かると、舞台向かって左側の客席がスポットライトを浴びた。歌舞伎舞台の花道を照らしているのだ。

観客はみな左側に顔を向けていいのか戸惑い、少しざわざわする。このざわざわ感がしばらく観客の胸に残るため、仲蔵の名演を志の輔さんが「再現」しているのを見た客席は水を打ったように静まり返るのだけれど、同時に不安な仲蔵の心境に観客は感情移入させられる。

歌舞伎舞台を再現するスポットライトでありながら、同時に観客の心をざわつかせることで感情移入もさせる。なんだかすごかった。

 

忠臣蔵」が終わり、仲蔵の演技が見物人に受け入れられたことを知るにつれて、観客席のいたるところから鼻水をすする音も聞こえてくる。とにかく泣けるのだ。

同僚や歌舞伎ファンのやっかみだったり蔑みに仲蔵は信念で持って立ち向かったから感動するのだ。

 

家柄が悪いのにめきめき昇進していく仲蔵を、役者仲間も歌舞伎ファンも快くは思っていなかった。出世街道のスタート時点でこそ、血筋がなくても実力があれば成り上がれるとみんなに勇気を与えたた仲蔵も、家柄なしで名題になるところまで来ると、さすがにみな訝しむ。

由緒ある梨園の制度をぶち壊す出世がみなの気持ちを逆なでするのはわからなくない。

そういう逆風の中にあっても、仲蔵は腐ることなく己を信じ、そして自分を信じてくれた團十郎の想いに応えるために芸に励む。一か八か、この役作りが成功しなかったら役者人生は終わりだという覚悟で、偶然(柳島のみょうけんさまのおかげで)出会った浪人の風体をパーフェクトに盗み、型破りの演技で観客を魅了した仲蔵の生き様はかっこよくて、励まされて、泣けてくる。僕もゴールデンウィーク明けたら頑張ろう、なんて思えてくる(無職だけど、無職だから)。

 

そして何より泣けるのは、この中村仲蔵立川志の輔という落語家と重なるということ。「志の輔らくご」という、舞台装飾や音響、照明というあらゆる仕掛けをこらしてエンターテイメントショーとして繰り広げられる落語を、不愉快に思う人もきっとたくさんいたはずだ。落語家や落語ファンのなかには「志の輔落語」を体験して、本来の落語はうんぬんかんぬんと言いたくなる人もいたかもしれない。

それでも志の輔さんは自身の落語を信じて、さまざまな舞台で見せ方聞かせ方を工夫して落語を革新しているのだろう。その姿勢は僕のような教養のない落語初心者にとってもかっこよく見える。

 

自分が「中村仲蔵」をやろうと思ったのは、この「仮名手本忠臣蔵」という物語が実は侍の仇討ち話に止まらないからだと思ったから、と志の輔さんは言った。「忠臣蔵」は庶民の話でもあるのだ。

めんどくさいからと言って端折っておいてここで話し出すのは恐縮だが「忠臣蔵」という長いお話の中には、お侍さんがたの仇討ちに命を賭けて手を貸す、農民、商人が出てくる。

「武士道」なんて言うけれど、武士がその道歩けるのは、結局「士」を支える「農工商」の庶民たちがいるからだ。

俺たち庶民がいなければ、武士だって成り立たないんだ–––そういう誇りを江戸の庶民たちに持たせてくれたから、「忠臣蔵」という物語は愛されて、今なお歌舞伎やドラマや映画などで「日本でもっとも上演されている演目」だと言われるのかもしれない、と志の輔さんは解釈したらしい。

 

志の輔さんの「忠臣蔵」解釈は、仲蔵が「定九郎」という役を考え抜いたことと被る。演者や噺家自身が作品を深く理解しようとすることで、新たな地平を開いていく。今までにない角度から作品に照らし出し、別の魅力を浮かび上がらせる。

作り手もまた批評家であるのだと、この日の落語を聞いて心底感じさせられた。

 

また、この「中村仲蔵」は観客論にもなるなあ、と思った。落語は見聞きする人があってはじめて成立する。それはあらゆる娯楽・芸術に対しても当てはまることだ。映画も、音楽も、絵画も、演劇も、なんだって、見る人聞く人がいないと始まらない。

忠臣蔵」初日に駆けつけて、中村仲蔵の名演を目の当たりにした歌舞伎ファンたちが、その興奮を他の人たちに伝える。そうすると「俺も見に行こうと思ってたんだよ、明日行こうかな」なんて言いながら、歌舞伎を日常的に見ない人間たちも思いはじめる。そうやって歌舞伎が盛り上がる。

熱心なファンがいてはじめて、あらゆる娯楽・芸術は成り立つのだ。

そういう細かいところをきちんきちんとおもしろおかしく話していて本当に良かった。

 

そして、どんな天才役者も演奏家も、はじめはひとりの見物人に過ぎない。

 

 

https://twitter.com/uno_kore/status/850536490543194112

 

こんな言葉もあるそうだ。

 

 

クライマックス、つまり中村仲蔵による名演から、江戸を出ようとするシークエンスまでの間、隣席で泣きながら笑っている人の反応を見ていたら、志の輔さんの話しっぷりが本当にすごいのだと、落語初心者ながら少し気づいた。「泣かせ」と「笑わせ」のリズム感が絶妙なのだ。話そのものの感動をまったく減退させることなく、ほどよいところで休符的に笑わせるところが落語としての品を保っている感じがあって、心底かっこいい。「落語としての品」だなんて偉そうなことを言ってしまってすみません。でもそんな風に感じた。

 

僕の興奮の言葉は、まだまだ人を動かすには足らないのだけれど、それはまた別の話だ。

 

 

今回、僕はチケットを取ったけれども行けなくなった友人に譲ってもらえて、幸運にもこの落語を見聞きすることができた。次は自力で志の輔さんを聞いて見たいなあと思う。