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ひとつ恋でもしてみようか

いつも同じようなことを言っている

報告

雑記

「実家出ると親と妙に仲良くなったりしますよね」って言葉を聞いたけど、俺は真逆だった。

 

実家に住んでいるころは、母とよく話していた。喧嘩も多かったが、翌朝にはどちらからともなく歩み寄ることができた。俺も毎日いろいろなことを話していた。友達の愚痴、気になる娘のこと、社会のこと、将来のこと……とにかくなんでも話した。

 

上京して生活がすさんでいくにつれて、母との電話が億劫になっていった。「今日は何食べたの?」って夜聞かれたときに「起きたばかりで何も食べてない」とはとても言えず、ウソをついた。

起きたばかりだから今日一日何してたの?という質問にも答えられない。そんな感じでどんどん疎遠になっていった。

 

大学に入ってからは帰省するたび、母と喧嘩になった。母はよく「わたしの分からない言葉で話さないで」と言うようになった。俺は心のなかで「少しは勉強しろよ」と母をののしった。いや、実際にそう言ったこともあっただろう。

 

子育てがひと段落してヒマになったからか、母は政治にかぶれるようになった。その思想はちょっぴり嫌韓・嫌中で、情報源はヤフーニュースのコメント欄で、だから俺は彼女のことを見下すようになった。俺は大学で一応政治学を専攻していたので、母のトンデモな意見に律儀にツッコんでしまっていた。そんな俺に母は「分からない言葉ばっかり使って」と憤るのだった。

 

母の日常には中国や韓国からの観光客が多くなっていて、その人々のなかにはマナーの悪い人たちも少なからずいたのだろう。そういう人たちへの違和感を母はよく語っていた。しかし遠く離れて住む俺には、母の実感がわからなかった。近所のスーパーに行くたび、併設する薬局で中国人が爆買いするのが目に入ったりしたら、いい気持ちはしないのかもしれない。そういう母の実感をないがしろにして俺は、東京の論理で母の感情を否定していた気がする。

中国という国、韓国という国がどうかはともかく、個人個人は良い人もいるんだから、そんな一緒くたにして非難したらダメだよ、なんてお利口なことばかり俺は言っていた。

 

俺と母は、いっしょに住んでいるころの方がわかり合っていた。同じ景色を見ていたり、毎日お互いに感じたこと考えたことを話し合っている方がよかった。

俺たちのような親子もいれば、離れてはじめてお互いに冷静になって理解し合える親子もいるんだろう。それぞれいろいろあるんだろう。

 

それぞれいろいろある、というのは全然いいのだけれど(というかそれはただの事実なので、良いも悪いもない)、俺個人の問題として、俺の母はもうこの世にいなくて、彼女とわかりあう機会をもう二度と持てない、というのがある。

これから俺がどんなに良い人生を歩んでいっても、母にその報告は届かないんだと思うと、少しやるせない。