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ひとつ恋でもしてみようか

いつも同じようなことを言っている

腹が痛い

日記

3日くらい腹痛と下痢が続いてる。

昨日ようやく「薬を飲む」という解決手段を思いついた。それまで腹痛は自然に治るものだと思っていた。薬局へ行き、買ったその場で錠剤を噛み砕くが効果なし。恋人に促されに促され、涙をこらえて病院へ行くと、医者に「週明けには治ってるでしょう」と言われる。処方薬を飲みはじめたが、「週明けには治る見込み」なので、痛みと腹下しはいまも続いている。

 

涙をこらえて病院へ行った、と書いたが、本当は少し泣いた。電話越しに「あした病院行かなかったら週末は会わない」と言われ、そんな取引ヒドいや……と思い、ほんのちょっぴり泣いた。甘えすぎである。まあ泣いたのは深夜だったからってのもある。夜は感情が高ぶりやすい。

俺はなぜか病院が嫌いなのだ。あの病院特有の陰気臭さゆえ、待ち時間が長いから、むしろ風邪とかうつされそうなリスクを懸念しているせい、厄介な病気が見つかってしまうのが恐いため……パッと思いつく理由はそんなところ。

自分の普段の不摂生を診断という結果で突きつけられるであろうことも辛い。俺はいま手術すべき疾患をふたつ持っているが、その手術自体の恐怖もさることながら、西洋医学によって俺の不摂生ぶりが暴かれるのが嫌だ。

手術に踏み切る前に摂生を身につけたいとずっと思ってきた。健康になるための手術を健康になってから受けたいって、自分で書いててもアホな考えだと思うが、そんな考えにここ何年ずっと捕らわれている。そしてあらゆることを常に先送りしてしまう俺は依然として不摂生で、だから病気も相変わらずだ。

 

午後の診察開始時刻を過ぎてもなかなか家から出られなかった。ようやく家を出た頃には夕方になっていた。小雨のなか傘さして病院へ向かっていると向こうから低学年くらいの小学生がふたりやってくる。冴えない感じの男の子と女の子だけど、ふたり手をつないで、男の子が一生懸命喋っているのを女の子が一生懸命聞いていた。ふたりとも傘はさしてなかった。俺は平日の夕方、病院に行くところだった。

 

ようやく病院に着く。はじめて来る病院だ。

そういえば俺は、生まれてこのかた内科というものに来たことがない。小児科、耳鼻科、歯科、眼科、皮膚科、肛門科にはかかったことがあるが内科ははじめてだ。

病院では靴を脱いでスリッパに履き替えなくてはならなかった。俺は素足にスニーカーをつっかけて来ていたので、素足で病院のスリッパに足を突っ込むのは少し気が引けたが、止むを得ず履いた。病院のフロアを裸足でぺたぺた歩くのはさすがに恥ずかしい。

 

受付に保険証(被扶養者)を渡し、椅子に腰掛け脇に体温計を挟んだまま問診票を書く。すぐに鳴る。37.0℃。微熱があるらしい。受付に体温計を返して、再び問診票に記入。渡す。すぐに名前を呼ばれる。そして冒頭言ったように「週明けには治るでしょう」という毒にも薬にもならない言葉をかけられる。それに対して「今すぐ治してほしいんだよ!」と伝えられるはずもなくすごすごと退出。

 

会計を待つあいだ椅子に腰かけぼうっとしてたら思い出した、いま17円しか持ってない、金おろさなくちゃ。

受付に「お金おろしてきます」とことわって病院をいったん出る。2分くらい歩いてゆうちょATMの前に立つ。ジャンパーのポケットを探る。財布がない。ズボンのポケットにも、カバンの中にもない。また財布を落とした。俺は1週間前にも財布を落としている(http://massarassa.hatenablog.com/entry/2017/02/20/110536)。ATMの前で大きなため息をつく。受付に保険証(被扶養者)を渡したからそのときはまだ財布はあった。ということは、病院内か病院からATMまでの道のりに財布は落ちているはず。

 

道中にはなかった。じゃあ病院にあるだろう。受付の人に「財布の落し物なかったですか」と尋ねる。「特に届いてないですが、診察室も確認してみますね」と言ってくれる。5分後、診察室から俺とそう年の変わらない私服の男が出てくる。それから少し経って、先の受付の人が財布を持ってきてくれた。

何度も財布を落としてきた俺だが、財布を無くしたことはいちどもない。

 

ありがとうございます、と言って再び病院を出て、ATMに向かう。

 

三度病院に入る。さっきはありがとうございました、すみません、というと「1070円です」と言われる。ぴったり支払う。「お大事に」と言われる。

 

そういえば病院に着いてから病院から帰るまでの1時間、いちども腹痛くならなかったな、と思ったら痛みが蘇る。

 

帰り道、病院行ってきたよ、とLINEする。「えらい」と褒められる。「約束守ってくれて嬉しいよ、ちょっと泣きそう」とまで言われる。こんなことくらいで褒められたら逆に惨めだわ、と返信しながらも内心ちょっと嬉しい。嫌だ嫌だと避けがちな病院にようやく行けたことで、少し自信がついた気がする。

 

俺には根拠のない自信はあるのだが、根拠のある自信がない。根拠のある自信をつけるために、ずっと悩まされている副鼻腔炎と痔の根治手術に踏み切るというのは、案外良い手かもしれない。手術に対する膨らみすぎた恐怖と、術後に訪れるらしい未知の痛みを我慢しただけで自信がつくうえに、いまより日常が快適になるのは、悪い話じゃない。今日のところはそう思っている。健康になりたい。