ひとつ恋でもしてみようか

いつも同じようなことを言っている

中学生男子ふたりして公園。

ふたりの中学生男子が柵から身を乗り出して池を覗きこみながら話している。

「『マリー&ガリー』録画した?」「してない」「えー!じゃあ早く帰らなきゃ!」「うん、そうだね!」「ブランコ乗ってく?  ブランコ乗ってく時間ならあるよ!」「うん!」と言って駆け出したふたりは、前を通り過ぎる犬の姿に目を奪われ立ち止まる。犬は後脚を二本ともダメにしていて、犬用の車椅子の助けを借りて散歩していた。犬と飼い主が立ち去りやや経ってから、池に戻ってきたふたりは眼下を泳ぐ鴨の傍らに石を落としながら何か話していた。少し離れたところにあるベンチに座っていた俺には、彼らが何を話しているのか聞き取れなかった。

犬を目撃する前に駆け出したワケを思い出したのか、彼らはブランコの方へとつぜん駆け出した。興味の赴くままに、無邪気に動く彼らがかわいらしかった。

 

季節は春に向かっていて、だから俺はちょっと足を伸ばして公園に来てみた。コンビニでコーヒーなんか買って。

天中を過ぎた陽光を真正面から浴びるベンチに座ったが陽射しが眩しかったので、柱で日陰になっているところに落ち着くため、尻を右側にずらした。柱は藤棚を支えているものだ。藤棚の下にベンチが五脚ある。ベンチたちは公園の真ん中にある池に向かって設置されている。その五つのベンチの、池に向かっていちばん右端のベンチに俺は腰掛けていた。右端のベンチの右端に座っていた。中学生男子ふたりは、藤棚から外れたところにいた。

 

ブランコから戻ってきた彼らはまた池を覗きこみながら何か話している。こんどは聞こえてきた。

「亀ってなんでも食べるんでしょ」「へえそうなんだ!じゃあ鴨も食べられちゃうね」「さすがに生きてるのは食えないよ!」

この池を泳ぐ亀は、人間の死骸をくわえていたことがある。ふたりはそのことを知っているんだろうか。

 

中学生のころの俺は何を考えていたんだろうか。ブランコには乗らなかったし、池を眺めながらくっちゃべることもなかった。俺の実家の近所には、ブランコや池のある公園はなかった。学校の近くにもなかった。高校生になって学校近くの公園に行ったらブランコがあったので乗ってみた。そのとき俺はブランコをこげなかった。そういえばそのときの俺にはブランコをこいだ記憶がなかった。

 

中学生ふたりはやがて去っていった。家に帰って『マリー&ガリー』を見るんだろう。それは夕方のEテレでやっている5分間のアニメ番組らしい。手元にあるスマホで調べたのでわかった。俺が中学生のころ、そのチャンネルは「教育テレビ」と呼ばれていた。教育テレビ(Educational Television)はその英語表記からもじってEテレになった。わかいの、国家に教育されてたまるかってんだよな。Eテレの番組に出てくる女の子でしこったらいい。マリーだかガリーだか知らんけどそのアニメの娘たちに欲情してもいい。君らの年の頃の俺は、授業中辞書で卑猥な単語のページを開いては興奮しているような人間だった。君らの方がよっぽど楽しいと思う。がんばって楽しみ尽くすがいい。教育の裏をかくのだ。まあ、かかなくてもこかなくてもいいけど。

 

ふたりが去った。彼らの会話に耳を奪われていた俺は我に帰った。膝頭はすっかり冷えてしまった。指先もかじかんでいる。手元のスマホは求人情報を表示している。

いまの俺は、中学生のころと身長は変わらないが、だいぶ太ってしまった。あのころ着ていた学ランに再び袖を通すことはできないだろう。俺はいま26歳である。