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ひとつ恋でもしてみようか

いつも同じようなことを言っている

AbstracTokyo

雑記

心が鬱々としているときは死にたいなあとか消えたいなあとかぼんやり思うもんだが、実際に体調が悪くなると死にたくないよおと泣く。

 

でも最近は心が鬱々としているときでも死にたくないなと思っている。死にたくない。死んでほしくない。こういうのって、死にたい消えたいってかすかに思うようになってからは初めてのことだ。死にたいとか消えたいとかって上京してから思うようになった。

 

上京がゴールだったから、故郷にいるころは辛いことがあっても死にたいとは思わなかった。東京に行きさえすれば、東京は俺を変えてくれるという希望があったのだ。まだ見ぬ東京に甘えていた。俺の心のなかで東京は具体的な像を結んでおらず、東京は抽象的な希望ってやつの別名に過ぎなかった。希望の実態を知りたくなかったからなのか、東京についての情報は全然入れてこなかった。

まばゆい光を放っているように見えた東京の実際は、俺のような甘えた田舎者の希望と欲望を飲みこむブラックホールだった。光さえも飲みこんでしまう黒い穴。東京が明るく見えたのは、東京に飲み込まれていく人たちが最後に放つ閃光のせいだったのか?

その点、ハナから東京に住んでいる人は東京を希望なんてシロモノと結びつけずに飄々としていらように見える。かっこいい。

 

東京イメージに甘えていた俺は、存外冷たい実際の東京にぜんぜんかまってもらえなかった。かまってもらう努力もしなかった。生粋の田舎もんは、東京に媚びることさえできなかった。辞書で「生粋」を引くと、「年が十六で、生粋の江戸っ子で」と用例が出てくる。谷崎潤一郎の自伝的短編「異端者の悲しみ」の一文らしい。

俺もふるさとほしいわあ、とのたまう生粋の江戸っ子や、たのしそうに踊ってる田舎もんを、暗い部屋のなか柔らかいベッドのうえで指くわえてスマホから眺めていたら死にたくなったり消えたくなったりした。

 

 

明日私は死ぬかもしれないんだよ、と言われてハッとした、イヤだ、と明確に思った。誰かが死ぬことを想像して本気でイヤだと思ったのは多分はじめてだ。言い過ぎだろうか?  両親が死ぬのを想像して悲しくなったこと、俺にもあっただろうか。俺はいつも彼らが死ぬことを考えていた気がする。それは甘美な想像だった。彼らが死ねば変われると思っていた。歯をむき出しにして彼らの死を願ったこともある。ふつうに愛されていたはずなのに。

 

私が養ったっていいけど、私がもし死んだら、その後きみがどうやって生きていくのか心配だ、と言われる。そんな風に率直に「心配しているよ」と誰かに言われたことがなかったから、嬉しかった。そして同時に心配をかけていることを申し訳なく思った。

両親はそんなこと俺に言わなかったが、恋人と同じように、心配していたんだろうか、心配しているんだろうか。母は死にまつわる話をきらった。縁起が悪いとイヤがった。そのわりに、電気を消したリビングに敷いた布団のうえでX JAPANの「Forever Love」を聞きながら「この歌聞くと死にたくなる」と言って、まだ幼いキョーダイを泣かしていた。

キョーダイはいつも「お母さんが死んだら自分は生きていけない」と言っていた。でも、まだ生きている。死なないでほしい。あ、キョーダイが死ぬのも心の底からイヤだな。しあわせになってほしい。

 

死は案外とつぜんやってくる。死は案外だらだらやってくる。いずれにせよ、自分が死んだら自分の死は他人ごとだ。だから、自分が生きるのは他人のためなのかもしれない。

恋人が死んだら俺が悲しむように、俺が死んだら恋人も悲しむ。俺よりも感受性が豊かだから、よけいに心配だ。だから、ちゃんと健康に生きなくちゃならない。今はもう自分だけの身体じゃないのだ。しっかりしたい。

 

生粋の江戸っ子と恋できたから、東京にしがみついててよかったと心から思う。しがみついてると言ったって、ここにいるだけだけど。それでも今は「俺はしがみついていた」と言いたい。

 

自力で這い上がるのは次の段階。引っ張り上げてくれる人がいるから自力だけじゃないが。

差し伸べられた手を掴むのも勇気が必要だった。掴んでしまったら、自分もがんばらなくちゃならないから。また人を裏切るのはイヤだったから。

でもがんばってみようと思えたのは、希望をいっしょに見られそうだから。希望はいまはっきりと像を結びつつある。東京で。