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ひとつ恋でもしてみようか

いつも同じようなことを言っている

心残り

雑記 読書感想

九龍ジョーが「SPADE」という雑誌に書いたエッセイ「東京で聖者になるのはたいへんだ」を読んだ。2016年11月12日から同年同月18日までの、彼の11月の7日間が書かれた文章なのだが、しかしその1週間は、高学年の「アリマ」による「圧倒的な暴力」にさらされた小学生時代の幡ヶ谷から、火葬場のある幡ヶ谷の道で「迷えなかった」ことまで、つまり彼の人生のさまざまが鮮明に思い出される日々で、色濃く分厚い。
そして、雨宮まみが生きられなかった2016年12月以降を、緑のワンピースを着た「永遠なる23歳」たちに託しつつ、彼女たちからもらったもので自分には何ができるのかを深く内省したようなエッセイになっている。

 

 

いろいろな雨宮まみが書かれた文章を読んだ。

 

まみのこと | 尼のような子だったけか

 

サマー★ダイアリー2016パート9 : 松本亀吉weblog

 

さようなら – sociologbook

 

雨宮まみさんのこと: 伊野尾書店WEBかわら版

 

雨宮さん : あまいしね【コピペ推奨】

 

追悼しない - 能町みね子のふつうにっき

 

 

彼女と実際に交流のあった人たちの文章を並べた。べつにこれは網羅したものじゃないし本当はもっとたくさんあるんだろう。
「あのお別れ会の場にいたひとたちも、その場にいなかったひとたちも、いちども会ったこともないひとたちもみんな、『自分にとっての雨宮まみ』を持っていると思います」と岸政彦が書いたように、読者が書いた文章もたくさんあった。みんながみんな自分の人生を書きながら雨宮さんのことを悼んでいた。雨宮さんについて書くことは、自分について書くことになる。みんな雨宮まみのように文章を書いてしまう。

 

でも、俺にはそれができなかった。『女子をこじらせて』を読み感銘を受けたし、『東京を生きる』のような文章が書けたら、とも思った。けれど、俺は雨宮まみの文章を「わがこと」にまではしていなかった、と彼女が死んだときに感じた。だったら彼女について話したり書いたりする必要はないので、あんまり話したり書いたりしなかった。

 

 

去年のはじめ、村田沙耶香雨宮まみの対談を聞きに池袋の三省堂書店に行った。『コンビニ人間』が出る前のことだ。その日のことを俺はブログに書いた。

 

じぶんだけの真実を探さざるを得ない人 「『消滅世界』出版記念トークイベント 村田沙耶香×雨宮まみ」の感想 - ひとつ恋でもしてみようか

 

そうしたらツイッターで雨宮さんからリアクションをもらった。

 

 

1日3回どころじゃなく頻繁にエゴサする雨宮さんは、俺の文章も読んでくれた。
俺が間違えて書いた「前面に大きなトラが金色で描かれた」服について「そうじゃないけどその方が面白かったかも」と感想してくれて嬉しかった。
訂正します、と返信したら「おもしろかったのでそのままでもいいですよw」と言ってくださった。

 

おもしろければ事実と少し違ってもいい、自分がトラ柄の服を着ていたことになっても構わない、なんなら着ていけばよかった、なんて言ってくれるのはありがたかったし、雨宮さんらしいな、と思った。
でもやっぱり俺には「雨宮まみ」らしさなんてもの、1ミリもわかってないのかもしれない。

 

 

九龍さんが書いたエッセイにある最後の日付18日、その日の俺はZEPP TOKYO大森靖子のライブを聴いていた。この日のライブは心底最高で、そのことを忘れたくなくて、俺にしては珍しくその日のうちに感想文を書いた。

 

「あなたをフォローしています」 大森靖子 Tokyo Black Holeツアーファイナル in ZEPP TOKYO感想文 - ひとつ恋でもしてみようか

 

 

感想文には書かなかったけど、この日のライブを聴きながら、俺の頭の片隅にはずっと雨宮さんのことがあった。大森さんのTOKYO BLACK HOLEというアルバムは『東京を生きる』がなかったら生まれなかったのではないか、とか勝手に思ってしまった。「死を重ねて生きる世界を壊したい」とか「魔法は解けない、呪いは効かない」とか「人が生きてるってほらちゃんと綺麗だったよね」とか、ほんとうにいちいち正しくて、でもその正しさを俺は大森さんが歌うまで知らなかった。
おなじように、雨宮さんが書くまで知らなかった正しさがたくさんあって、それが誰かを救ってつぎにつながっていくんだろうな、そんなお行儀の良いことが思い浮かぶ。

 

 

雨宮さんは「おもしろかったのでそのままでもいいですよw」と言ってくれた。彼女が大切にしていた服を俺はちゃんと見ていなかったのに、彼女はそんな誤解をも受け入れて「そのままでおもしろい」と言ってくれた。のに、俺は訂正した。したけど、じゃあけっきょく何を着てたんですか?とまでは問わなかった。
まあ聞き方も難しかったし、失礼に失礼を重ねるから聞かなかったというのもあったのだけれど。なんだかその聞かなかったこと聞けかなかったことがずっと気がかりだった。彼女が亡くなった今、そのことは心残りになっている。

 

というようなことに「東京で聖者になるのはたいへんだ」を読んで1日経ってようやく気づいた。

 



俺はふだん、作家とかアーティストの方と接触できる機会があっても、いろいろな言い訳をしてその機会を捨ててしまうが、村田沙耶香雨宮まみの対談が終わった直後、その日はなぜか、サインを待つ列に並んでしまった。
何日も、誰とも、話していないのに、いきなり村田沙耶香雨宮まみを目の前にして俺は口が聞けるんだろうか、ありがとうございます、の一言、まともに言えるだろうか、とわなわなした。
いざ、村田さんの前に立ち『消滅世界』を差し出す、震える声で、「星が吸う水」を読んで以来ファンです、みたいなことを案外すらすら言えた。ありがとうございます、とやさしく言ってもらえた。
そのまま流れて雨宮さんの前にも立った。しかし村田さんとの会話で張り詰めていた緊張の糸がほどけてしまった俺は、なんだかぽかんとしてしまって、雨宮さんの前で少し黙ってしまった。
アホになった俺の言葉を待ってくれる雨宮さんに、あの、『東京を生きる』とか好きです……と当たり障りのないことを言ってしまってなんだか申し訳なくなったけれど、雨宮さんはキリッとした瞳で、ハッキリした声で、「ありがとうございます」と言ってくれた。