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ひとつ恋でもしてみようか

いつも同じようなことを言っている

思い出したら泣けてきた。俺はマザコン。

雑記

いじめられたような思い出をさっき書いたけど、


やっぱりあれはいじめとはちょっと違うかもしれないと思えてきた。

ベランダに締め出された俺をガラス越しに観察したり、ジャンケンで示し合わせて俺をひとり負けさせた彼らは、当時それをいじめだと認識していなかっただろうし、たぶん今でもかつて俺のことをいじめたなんて罪の意識はこれっぽっちも抱いてないような気がする。
よくよく思い出してみれば、卒業直前の俺は、俺の顔面を蹴り上げた男や俺を観察していた男たちとともに、教室にあった部活動用具を入れておく戸袋の内側に、彫刻刀でみ名前を刻んだりしたのだ。
そういえば牛乳パック洗い最終日には拍手で讃えられたような……。
彼らは純粋に俺をいじって笑いたかっただけ。
俺と彼らとの認識がいつのまにかズレてしまったせいで、俺はいじめられているように感じたのかもしれない。
彼らに言われもない罪をかぶせるのもなんだし、もうちょっとちゃんと思い出してみる。

 

俺は、当時ふたつのいじられポイントを持っていた。ひとつは太い眉毛、もうひとつはマザコンである。


まるまる肥えたアオムシくらいの太さがあった眉毛は、外見を意識しはじめる中学生にとっては異質なものだった。俺の目の上には、つまようじを絡めて離さないほどの剛毛が付いていた。
ヤンキーたちはみな眉毛をガシガシ剃っていたけれど、俺は頑なに剃らなかった。どんなにいじられても剃らなかった。校則は守る男だった。
部活を引退してからはじめて、母に教えられながら、剃った。
1週間後の身なり検査。部活の顧問だった先生が俺の正面に立ったとき、俺をよくぶん殴った男は「先生っ!こいつ眉毛剃ってますよ!!」とチクったけど、先生は「気づかなかったし、もしこいつが眉毛剃っててもそれは身だしなみだから問題ない」と言った。みんなに笑われた。俺も笑った。


もうひとつのいじられポイントはマザコンである。
俺の母は部活動で遠出するたび、足になってくれた。車で2時間の移動、部活の仲間といっしょに母の運転する車に乗った。
俺の入っていた部活動には、親が共働きだったり、シングルマザーの家庭だったりする奴も少なくなかった。母が車を出すのをいいことに、部活生の移動に協力するのをサボっていた親もいただろうけど、まあとにかく遠征のたびに母は車を出してくれた。
助手席にはまだ小学校低学年のキョーダイが乗っていたはずだ。あんまり覚えていない。
とにかく、母はやたらと同級生の前に顔を出していた。母が俺(たち)のために休日の校舎にやってくるのをからかって、同級生たちは、「おまえはマザコンだ」と言って俺をいじった。
笑いを取るのが好きだった俺は、彼らの「マザコン!」の呼びかけに乗っかってった。「おいマザコン、母ちゃんが来たぞ!」なんて言われたら、ママ―!寂しかったよー!と叫びながらその車に駆け寄っていた。後ろでみんなが笑っていて嬉しかったような覚えがある。
母はいつも「マザコンって言われて『そうだよ』って言える人間はマザコンじゃないから大丈夫」と言っていた。う~ん、どうでしょう。おどけてマザコンを演じているふりをしているマザコンだった気がするよ。メタマザコン


そうやって、俺がみんなのいじりにヘラヘラしたり、乗っかっていって笑いを取りにいったりしたから、彼らのいじりは徐々に度が過ぎてって、時にいじめの領域にまで足を突っ込んでしまっただけの話だった気がする。
だから、いま彼らに再会して、「おまえらよくも俺をいじめてくれたな」と言ってもキョトンとされてしまうかもしれない。おまえだって楽しそうだったじゃん、とか言われそう、本当にそんな気がしてきた。


「いじり」と「いじめ」の違い、そんなものはハッキリキッカリボーダーを引けるものではなくって、だからこそ難しい。中学生くらいだとまだまだ人の気持ちを忖度する能力に欠けているし。
いじられて笑いを取ってるつもりだった人間も、ふと気づいたら尊厳が傷つけられていて、よくわからなくなってしまうのかもしれない。俺は多分そういうパターンだった。
だから、いじめられてた気がしてずっと参加しなかった同窓会も、顔を出してみたら存外みんな温かく受け入れてくれるのかもしれない。だって、彼らは俺に後ろめたさなんてこれっぽっちも感じていないのだから。ちょっと変わったいじりがいのある奴が久しぶりにやってきたくらいにしか思わないのかもしれない。

 

 

俺の夢に出演している人間をランキングしていったら、トップテンは中学の同級生たちが独占すると思う。もう10年くらい会っていないのに、俺は彼らにこだわりまくっている。いまでも俺は彼らと仲良くしたいのかもしれない。

 

 

話は逸れるけれど、というかこっちが本題になってしまうんだけど、この文章を書いてはじめて、母が週末ごとに俺の送り迎えをしていた過去を思い出した。もちろん父の運転する車にお世話になったこともあるけれど、遠出のときはいつも母だった気がする。
ありがたいことだ。

 

俺のお母さんが優しかったから、みんなは羨ましくて「マザコン」だなんて言ってきたのかもしれないな。思い出したら泣けてきた。ママー!寂しかったよー!