ひとつ恋でもしてみようか

いつも同じようなことを言っている

毎日は手作り

模様替えをしたら案の定、鼻がつまった、眉の裏側が痛い。

 

きょうは5時の鐘を表参道で聞かないといけない、表参道に5時の鐘は鳴らないか……。

 

目覚めてからだいぶ経つ。きょうは早々に小便に行った。ベッドに戻ってきて、カーテンを少し開け、底ぬけ(天抜け?ぬけるような、と言えばいいのか)の青空と紅葉した葉のざわめきをぼんやりと見ながら(視力が悪いのだ)、窓を叩くシャツの袖の音を聞いている、風がとても強い。

 

近々このアパートの外壁が塗りたくられるようで、それに伴い、アパートは足場に囲まれることになる。そうしたら、カーテンを開け、横たわった目で、ペンキ屋を眺めることになるんだろうか。ペンキ屋の働きを目と鼻の先で見られるのは初めてのことだから、眼鏡をかけてちゃんと見てみようか。

 

きょうの用事はなかなかに緊張するもので、その方と会うのは2〜3ヶ月ぶりだ。初対面のあの日、俺は彼に圧倒されてしまって全く歯が立たなかった。不勉強な自分を恥じ、帰りに母校の図書館に寄って彼の著作をいくつか借り、一生懸命勉強するぞ、と思ったのだった。その本は未だにこの部屋にあり、すっかり埃をかぶってしまった。母校の図書館カードは期限が切れた。

いつも、こうだ。一瞬の高揚を持続させることができない。寝て起きてしまえばまた一昨日の自分に戻ってしまう。

 

こないだ行ったライブで、ある歌手がこう言った。「そろそろ年が明けますね。年が明けるとすべてがまっさらになって、1から新しい自分を始められるような気がしますが、そんなことはなくて、『年越し』といったって、ただ1日が過ぎただけなんですよね、次はそんな曲です」。

 

模様替えをしたって、素晴らしい人間に会えたって、歌に涙したって、年を越したって、何にも変わらない。変化は日々の積み重ねのなかにしかない。きっかけを待っているだけの人間は、きっかけが訪れても、けっきょく何も変わらない。きっかけのために常に準備をしていなくてはならない。

俺は人より恵まれている。それなのにその僥倖を蕩尽してきた。ボンクラだ。

 

とりあえず、急遽決まった2回目の対面のために、ベッドに横たわりつつ本を読んでいる。でもけっきょく俺はこれを書いている。そろそろシャワーでも浴びて外に出たい。松屋でシチューが出たらしいから食っておきたい。

 

「毎日もどうかしそうで でもアイドルだって笑ってるし ちょっとだけどうにかしようね 毎日は手作りだよね」

 

さいきん、ツイッターのタイムラインに心配な人がいる。その人とは、いちどだけ会ったことがある、とても気の利く人で、でも(だから)とても繊細そうに見えた。仕事が大変らしい。ひとこと声をかけてあげたくなるけれど、俺は無職だし、こんな奴から声をかけられても、彼女は真面目な人だから、むしろ反発してしまっていけないのではないか、と思う。真面目な人に言葉を届けるには、真面目にならないといけないのかもしれない。真面目な人ばかり傷つく世の中はおかしいよなあ、と、ぬけるような青空を見ながら思う。

バランスの取れない世の中は、俺も居心地が悪い。

 

「毎日も手作りだよね 日記書いて 花を飾って 夜が明けて また夜が来ても 大好きな歌で夢を見る」