ひとつ恋でもしてみようか

いつも同じようなことを言っている

読むに値する文章

書こうと思っても書けないときはスマホで書くに限る。ということで、この文章はボロボロのスマホよりお送りいたします。

 

自分専用のパソコンを持ったのは上京してからのこと。専用パソコンももう2代目で、実家にいるころよりもタイピング自体は速くなったけれど、スマートフォンの方が脳みそとダイレクトにつながっている気がする。タイピングとフリック入力、速さでいったら前者なんだけど、より身近なのは後者。俺にとってのキーボードは公式な文章を書くための道具だ。卒論とか書類とか原稿とか。つまり、ニートの俺にキーボードはほとんど必要のない。

 

誰にでも書けるもの、と、その人にしか書けないことがある。そして、誰もがその人にしか書けないこと、言えないことを持っているはずだ、と俺は信じている。その人にしか書けないこと言えないことをとらえたとき、その言葉は読者や聞き手の心をほんとうの意味で撃ち抜く。そんなことを先月は考えていた、ような気がする。

 

俺は、俺にしか書けないこと、言えないことをとらえたいんだろうか。いまの俺はそんなにストイックじゃあない。ちょっとのブックマークがもらえて、たまに会う友人から「こないだのブログ良かったよ」と言ってもらえて、あわよくば憧れのあの人に読んでいただければ、それだけで十分だと思っている、ような気がする。

 

 

誰にでも出せる声で誰にでも言える言葉を歌う音楽が牛丼屋の有線から聞こえてくるたびにイライラする。でももしかすると、俺の文章も誰かをそんな風にいらだたせているのかもしれない。せっかく書くんならもっとストイックでなくてはならないのではないか。

暗い部屋のなか、エアコンの吐息を聞きながら、ボロボロのベッドに横たわっているだけの俺が書くものは、生ぬるい。

 

誰でも出せる声だったとしても、その人にしか歌えないことを歌っていればいい。その人にしか出せない声で、誰でも歌えることを歌っているのもいい。その人固有の声か、その人固有の言葉、どちらかひとつだけでも備えていれば、その歌は聞くに値すると思う。文章も同じだろう。

 

その人にしか出せない声。その人にしか言えないこと。自分自身としっかり向き合っていれば、そんなもんは、誰にでも見出せるはず。

 

言いたいことも、出したい声も、俺にはまだよくわかっていない。