ひとつ恋でもしてみようか

いつも同じようなことを言っている

ひとりでラーメン屋に来てラーメンに集中しない女が苦手、あるいはうまいラーメン屋の見分け方について。

ラーメン屋でひとり麺をすする女性を見るのが苦手だ。
もっと正確に言うと、女がロングヘアーをヘアゴムで束ねることなしにそれを非利き腕でおさえつつ麺をすすり、あまつさえ、麺をもぐもぐしながら遠くを見やってしまっている感じが、すごく苦手だ。
男にはこういう人はいない気がする。彼らはあっという間にどんぶりを空にするか、スマホを片手でいじりながらラーメンを食べる。


一部の女性は、ひとりでラーメンを食べに来ているにも関わらず、目の前のどんぶりに集中せず、「私ラーメンなんて興味ないんです」の素振りでゆっくりと麺を噛み、ときおり口にレンゲをあてる。
ラーメンなんて興味ないです、の素振りというのは、上述した非利き腕で髪をおさえながら遠くに視線をやり麺を噛むというものなのだけれど、読んでくださっている人に理解してもらえるかどうかは、こころもとない。が、話をすすめる。


彼女らはなぜ、私はラーメンなんか食べていません顔をするのだろう。そのとき彼女らは何を考えているのだろう。その心境がわからない。
本来の我々は、麺をすすり唇に振動を浴びせたのち、噛むのもほどほどに麺の残骸を飲み込んでしまい、チャーシューを食らい、もやしで一瞬の安らぎを口内に与えつつ、その平穏が口に定着しきるまえにスープを流し込み、ふたたび麺をすする。この一連の動作を行うときの我々は遠くを見やって、心ここにあらず、の演技をする余裕なんてないはずなのに、あの女は、厨房の奥の壁を見るともなく見ている。


このあいだ渋谷のまずいラーメン屋に入ったら、女子大生(大学名の入ったキャンパスバックを空いた座席に置いていた)が白人男性と拙い英語で話していた。彼女は、日本に何しに来たの?って聞いたり、君はふだん何してるの?って聞かれたりしていた。たまたま席が隣り合ったふたりらしい。大きな声で言葉を交わす彼らの会話は否応なく耳に入ってくるから、俺は、頼んだラーメンを待つ間、ツイッターのTLを流し読みしながら彼女らの会話を聞いていた。
やがて男は出ていった。話すのに必死でまだ食べ終わってなかったらしい女は、置いてあった箸を再び握り、ラーメンをすすり始めた。俺はひとりでラーメン屋に来ている女を見るとソイツが、まるでラーメンなんか食べてません、という素振りでもって立ち振る舞う女かどうか気になって、チラチラ盗み見てしまうクセがついている。
案の定、その女は厨房の壁面上部に貼られたメニューを見ながら、麺を口に運びゆっくりともぐもぐする女だった。はあ~やっぱりなあ~~~なんて思っていると、厨房内部の男が、女に話しかけ始めた。
「なんかすみません、話しかけられちゃってましたよね……麺伸びてないっすか?」と厨房の男は女に語りかける。大丈夫ですよ、渋谷ってやっぱりグローバルなんですね、とわかったようなわからないような応答をする女。厨房男は一瞬前に、麺伸びてないっすか?と聞いたことも忘れて、そうっすね~ウチに来る客も中国人がいちばん多いっすよ、なんて答えている。さっきまで自分が提供した麺が伸びてないかどうか気にしていたくせに、いまはもう、女との話に注力してしまっている。
ちょうどそのころに俺の頼んだラーメンが来て、食ってみたらこりゃまずい。店員に聞かれるまでもなく、麺は既に伸びてしまっているし、チャーシューはコーヒーの味がする。スープの風味は間延びしている。


そこで俺突然気づいてしまった(ゆっくり気づいてしまうことも世の中にはあるのだろうか、気づきはいつも青天の霹靂だった覚えがある)。このラーメン屋がまずいから、不真面目な客が寄り付くのでは?と。カナダからはるばる日本にやってきてラーメン屋に入ったのに日本の女との会話にうつつを抜かす男、ラーメンよりも男たちとの会話に集中してしまう女、そもそもお客をラーメンに集中させてくれない店員……、ここにいるすべての人々が、ラーメンになんか興味を持っていなかった。俺も含めて、だ。


つまり、ラーメンに集中しない女ばかりが視界に入ってくる俺は、うまいラーメン屋を知らないだけなのではないか。空腹に耐えかねたなんとなくラーメン食べたい気分だった女がちょっと勇気出して入ったような店に、食えるラーメンならなんでもいいやと思っている俺が入って、彼女を俺が見てしまっているだけなのではないか。


もしかしたら、ヘアゴムで髪を束ね(あるいはショートヘアの)、一心不乱に麺をすすりスープを流し込む女がひとりで入るラーメン店こそが、名店なのかもしれない。