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ひとつ恋でもしてみようか

いつも同じようなことを言っている

フラッシュバックに救われる 『ハドソン川の奇跡』感想文

映画感想

USエアウェイズ1549便は、何度も墜落し何度も着水する。


現実ではたったいちどの「奇跡」だった不時着が、機長の記憶として、フライトレコーダーの記録として幾度もフラッシュバックで再現される一方で、機長はもうひとつの可能性、つまりニューヨークの街中に旅客機が墜落する光景を夢に見、ニューヨークの街に起こらなかった惨劇を幻視してしまう。


墜落と着水を何度も見せられる観客は、クライマックスの国家運輸安全委員会(NTSB)の開いた公聴会で行われるフライトシミュレーションで旅客機の墜落を願うだろう。
シミュレーション映像において飛行機が落ちることはすなわち機長・サリーの判断が正しかったことの証明になるからだ。

ハドソン川の奇跡』でフライトシミュレーションで墜落を期待する自分の心の動きに気づいたとき、9.11の映像を四六時中見せられたころを思い出した。
当時小学生だった僕は、衝突と崩落の映像や、粉塵で闇と化したニューヨークの街並みの映像に見飽き、別角度からの映像を期待した。
その願いが叶わなくなった僕は、子供部屋で積み木を重ねてそれをビルに見立て、おもちゃの飛行機をそこに突っ込ませ、積み木崩しをした。
自分の手で衝突と崩壊を再現した。


遠いアメリカの地で起きた、旅客機のツインタワーへのアタックと、直後のビルの崩落、あの映像が恐怖を喚起しながら同時にある種の興奮をもたらしたことを覚えている。


ハドソン川の奇跡』は起こらなかった悲劇、機長をはじめとした市民たちによって未然に防がれた惨劇を描くことから映画を始める。
街に墜落する飛行機のイメージは観客に恐怖と興奮を与える。
僕たちはどこまでも見ることを欲望する存在で、自分と関わりのない惨劇を見ることに快楽を覚える。


ハドソン川の奇跡』は、映像を見る者たちの限りない見ることへの欲望の存在を明らかにしながら、現実の「奇跡」を何度もさまざまな視点から描くことによって、その欲望を乗り越えていった。
着水に至るまでのコクピット、機内、管制塔の緊張を描き、着水後のニューヨーク市民たちの迅速な行動によって乗員乗客155人全員が救われる過程を何度も描くことで、何度も蘇る悲劇のフラッシュバックを克服する。
アメリカン・スナイパー』においてフラッシュバックは英雄を殺したが、『ハドソン川の奇跡』のフラッシュバックは英雄を救う。