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ひとつ恋でもしてみようか

いつも同じようなことを言っている

グッド・モーニング

今日は予定があるので早起き。絶対に目覚めたい朝は、カーテンを開けておく。朝日で目覚める。俺にとって「絶対に起きなくてはならない朝」は年に何回あるんだろう。毎日カーテンを開けておけばちゃんと起きられるじゃない、と思われるかもしれないが、朝日は寝入りには邪魔なのだ。

 

目が覚めてツイッターのタイムラインを流していたらすこぶる良いブログに出会った。ちゃんと前に進んでいる男の書く文章なのにえらいロマンティックで、若い男なのに若さが失われていくことに敏感で、素晴らしかった。

なんとなく、「前進」と「ロマンチスト」は相矛盾する言葉な気がしていた。でもロマンってふつう、夢を追い求めるとか、良い恋愛するとかだろうから、俺の感覚がおかしかったのかもしれない。なぜ、俺の頭のなかで「前進」と「ロマン」が提携していなかったのかは分からないけれど、もしかしたらそれこそが俺の課題だったのかもしれない。「前進」と「ロマン」の手を繋ぎあわせよう。

「男」と「若さ」もふだんあんまり結びつかない。女性は、自分の肉体を感覚するのに長けているとよく聞くし、若さが失われることへの恐れ、それゆえの刹那的な生き方もあったりして、ある種の魅力になっていることがある。他方で男性は「若さ」で価値を測られることが少ない。男は年を重ねるほどに生き方が顔に刻まれてかっこよくなったりするもんなんだよ、と母がよく言っていた。とはいえ、男だって己の「若さ」に対して鋭敏であるべきだし、女だって年を重ねる喜びに浸れるのがよい。男は失われてから気づくアホな生き物だという感じがする。その点、先のブログの筆者は、賢くあろうという意志が文章に滲んでいて、すごく好感を持った。

 

彼の文章は確かに良かった。すごく良かった。けれども、俺は彼とリアルな世界で出会っていたら、彼に対して「しゃらくせえ」と思うだけだったかもしれない、とも思った。それは単純に「嫉妬」なのかもしれない。

彼はちゃんと前に進んでいるのにどこか内省的で、どことなくおしゃれで、意志があって、きっと喋る言葉もいちいち切れ味がありそうだ。そんな人間と対面してしまったら、偏屈な俺は彼をあっという間に退けて、「なんか気取った男だな」と一言で片付けてしまうような気がする。でも、ネットだから、彼の文章に付き合えたし、彼の素晴らしさに気づけた。ネットって素晴らしいところだな、と久しぶりに感じた。

 

せっかく早く目覚めたのに、こんな文章を書いてしまった。予定時刻が迫っている。まだベッドから起き上がっていない。この部屋に斜めに差し込んでいた朝日はもう屋根に隠れてしまった。

おはよう。