ひとつ恋でもしてみようか

いつも同じようなことを言っている

10月17日

Netflixジャド・アパトー『LOVE』を中盤まで見て、『昭和元禄落語心中』最終巻を読むだけの1日、つまり良い1日。『LOVE』でブロンド美女ジリアン・ジェイコブス演じるミッキーの、心のなかはズタボロなのに(だから)蓮っ葉な振る舞いがたまらない、ナードな弱々しい男が奔放な女に惹かれ、彼女によって外向きになっていく、というような単なる男の欲望(俺の欲望?)の投影ではなく、男はベースが弾けて初対面の野郎どもとセッションして打ち解けていたり、女は「ボサノヴァカバー」は歌えないけどかといってFacebookで幸せアピールできるわけでもない迷える30代だったりするのが良い、あと、ロサンジェルスの大学生がパーティーで流すのがビースティ・ボーイズ「Ch-Check It Out」なところにグッときた、高校生のころの俺がハイスタのコピバンやってたのと同じような感じだろうか(一応そのあと劇中の見せ場ではJamie xx「Gosh」が流れたりする)。『落語心中』はやっぱりどうしたって八雲と小夏の関係のオチが納得いかないし、小雪のキャラクターと顔つきには作者思い入れなさすぎでは?と思った、しかし老いた八雲と若々しい助六が握り合う手にはちゃんと感動できたので良かった。夜、どうしようもなくなったのでラーメンを食べに行く、口に運んだそばから油で唇が固まっていくようなこってりしたスープ、対照的に繊細な麺とやさしくスモークされた肉が、小雨に落ち込む気分を吹き飛ばす。帰り道、コンビニのコーヒーを買う、うまい、クセになりそう、俺の行ったコンビニには、コーヒーを買おうとしてお財布を忘れるブロンド女はいなかった。