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ひとつ恋でもしてみようか

いつも同じようなことを言っている

人生

「9時起床、小雨。鮭を焼いて食べる。散歩。公園の東屋で読書。池の亀は折り重なる。湯豆腐。ウイスキー2杯。1時就寝」

 

みたいな日記を書きたいなあ~。

 

 

おれはもう何年ものあいだ「起床」というのをしっかり意識したことがない。目が覚める瞬間を捉えたのはいつが最後だろう。気がついたときにはスマホをいじっているような感じ。目覚めて何時間も経ってようやくベッドから起き上がるなんてのもザラだ。それというのも、おれが毎日の生活にやらなくちゃならないことの占める位置を設けていないからで、会社やら学校やらに行く用事があれば、こんなにだらだらと過ごすことはないのだ。でも働くのは(きっと)しんどいし、勉強は嫌い。とはいえこんな生活がずっと続くのもごめんこうむりたい。誰に?

 

えらく気分が落ち込んでいて、こんなことは久しぶりだ。原因はなんだろうと不思議に思っていた。季節が色を変えていくからなのか、こんなおれにも人間関係があるからなのか、お金の絡んだメールの返信がいっこうに来ないからなのか、いろいろ理由は思いつくけれど、なんだかどれも決定打に欠ける。
きょうも目覚めてからシーツのかかっていない汚れたベッドのうえでスマホをいじっていた。必要があって再取得したフェイスブックアカウントを通じて、かつて同じ時間を過ごした人間たちの今を見る。


ようやく気づいたのだけれど、さいきん気分が落ち込んでいるのはこのフェイスブックのせいだった。今はもう自分の人生とは関わりのない人間たちが、おれがこの黄ばみきった白いベッドマットのうえで眠りつづけているあいだ、ずっと着実に生きつづけていたさまを見るということ。子供の頃からの夢を叶えた人たち、純白のドレスに身を包むことになった人たち、その人と唇を重ねる人たち、何人もの子を育てている人たちがいるということ。
フェイスブックで見るまでは、存在すら忘れていた彼らの人生が、一気に押し寄せてくる。
彼らと同じ時間を過ごしていたとき、彼らの名前を存在を忘れる日が来るなんてありえないと思っていた。中学校の校歌を忘れている両親はどうかしていると思っていた。

 

「中学校、高校、大学、それぞれで偶然出会ってたまたま仲良くなった友だちとは互いの環境が変わったら疎遠になることが多いけれど、大人になってから趣味でつながった友人たちとはずっと仲が良いもんだよ」

 



むかし自分が書いていた雑記のようなものをパラパラと読み返していたらいつも以上に淀んだ文章になった。あれを書きつけていたころのおれは今以上に惨めだった。今の自分を憐れに思うような未来を待ってる。