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ひとつ恋でもしてみようか

いつも同じようなことを言っている

サブマリン幼女

雑記

先日、宅飲みをした際、女の肩を揉むという僥倖に俺はめぐりあった。
会場となった青い部屋の主から借りたTシャツを着た女の肩を、そのTシャツに毛玉ができてもひたすらに揉み続ける2時間弱。
スケベな気持ちにはならなかったのか、と聞かれればそりゃあ少しはなりましたよ、と答えるけれども、俺はあくまでも肩を揉まされているしがない無職。スケベ心はひた隠して目をつむり、ワーカホリックな彼女の凝りをほぐすことに専念した。


按摩さんという職業がイコール盲人であるような時代もあったとか。
女の肩をひたすらに揉んだその日、俺は彼女の凝りを捉えようと真剣になるがあまり、目をつむり、親指の先に神経を集中させた。凝りってのは目に見えないものだから、視覚を捨てて触覚に注力するのは理にかなっていただろう。
夜と朝のあいま、目を閉じて女の肩を揉んでいると、だんだんとトランスに入っていくような気がした。
俺を中心にして、空間が膨張していくような感覚。心地よい寂しさ。世界は俺から離れていくけれど、世界の中心は俺である。清々しいひとりぼっち。目を閉じて、なるたけ何も意識しないようにすると、こういう感覚に落ちることが、たまにある。


しかしこの日の俺は、女の肩を揉んでいた。
指先を通じて俺は彼女とつながっていたから、世界が俺から離れていっても、俺はひとりきりではなかった。広がっていく世界の中心で俺は、彼女とふたりきりになったような気分に一瞬浸った。本当は、その部屋の持ち主も合わせてさんにんきりだった。どんな人間でも受け入れてくれる猥雑な大都会に沈潜するサブマリンに乗り合わせた俺たちは、さんにんきりで中心にいながらにして世界から離れ、世界から離れられていった。海底に潜む大きなクジラが船窓を遮る。垂直に、海面へと向かっていくクジラの鼻先に、帆船が漂っている。



俺の揉みがさぞかし気持ちよかったのだろう、いつのまにかひとり船を漕いでいた女は不意に口を開きこんなことを言った。「いま、お父さんの夢見てた」。
暗闇が恐かった幼女のころ、オレンジ色の豆電球が点いた部屋の布団の上で、お父さんに背中を優しくぽんぽん叩いてもらわなければ寝れなかった。寝入ってないのに部屋を出ていこうとするお父さんに気づいたときは、まだ行かないで! って半べそかいてみせたよ。
彼女は、幼い女の子のような声音で、ぽつぽつ語った。
なんでこんなこと思い出したんだろう、と女は寝ぼけて言う。
それはもちろん俺が後ろから彼女の肩を揉んでいたから、男にやさしく触れられながらうとうとしている状況が、お父さんに背中をぽんぽんされた記憶を呼び起こしたから。
サブマリンの船長は、幼女になった女に思わず「かわいい……」と言っていた。


俺は按摩さんではなくって、親の肩もろくに揉んでこなかったトーシロだから、彼女の肩に揉み返しの波が寄せては返していないか、心配でならない。