ひとつ恋でもしてみようか

いつも同じようなことを言っている

この町

電車を降りてホームを歩くと、ベンチのうえにはかじりかけの長い長いフランスパンが1本腰かけていて、地面にはエルメスのスカーフやファミリーマートのレジ袋がはりつき、柱のそばにはちょびっとのゲロがこぼれていた。あざやかな紫。


改札を抜けてすぐの、この町に住む者たちの憩いの場だったそこは、きょうもまだ住人たちを拒んでいて、犬の散歩コースを途絶させられたおばさんお兄さんたちは、電信柱のそばで立ち話をしている。



この町に越してからやたらと金縛りにあうようになった。避難ばしごを上がってきて4、5人の男子大学生が、俺の部屋のベランダにたむろしていて、つまんない話に飽きた彼らが窓ガラスをドンドン叩く音で目が覚める、ってのが金縛りに会うときに見る幻覚のよくあるパターン。たぶん、引っ越してきたばかりのころにこのアパートの1階に住む男子学生が、ベランダの手すりを乗り越えて全裸で夜道を駆け抜けていくのを見たせいだとおもう。はしゃいでる大学生は嫌いだし、こわい。俺よりちんこちっせえくせに、よくちんちん振って公道走れるよな。



ずっと、この町からはやく出たいとおもっているけど、この町から出るためには、自立するか実家に帰るかの二択から選択しないといけなくて、だからこの町のことは心底嫌いなのに、ここでいまだに足踏みしている。
あと、この町は本来はきっといい町だから(この町に住んでいることを伝えるとみんな「いいとこ住んでんね~」と言ってくれる)、たまたま俺の肌に合わないだけで、たまたまいま雰囲気が悪くなっているだけだから、なんとか最後にこの町のいいところを見つけてから去りたい、という思いもある。



なんでそんな居心地の悪い町に住みはじめたのかといえば、引っ越した当時通っていた(「通う」というとかなり語弊があるけれど便宜的に……)大学キャンパスのある駅と最寄り駅が比較的近かったこと、当時付き合っていた女性の通学路にこの町の最寄り駅があったこと、そして当時もっとも親しみを感じていた友人がこの町に住む、というのを聞いたからだった。
俺は、大学を卒業してしまったし、恋人ともとっくのむかしに別れたし、親友とも心が通わなくなった。