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ひとつ恋でもしてみようか

いつも同じようなことを言っている

かもかもリバーにグッバイエンナイ!!

札幌。
最後の夜、彼の家への帰り道で僕は、ナンパしてくるわ! とうそぶき、すすきのに戻った。僕にナンパなんてできるわけもないのに、彼らもそう思ってるくせに、僕が釣果を得られるなんて思っちゃいないくせに、「おお頑張ってこいよ」と言って、僕を見送ってくれた。

 

すすきのの、京都に似た(というか京都をまねてつくった)碁盤目のあらゆる通りを歩きながらも、僕の向かう場所は、日暮れ時にひとり訪れたテレビ塔に最初っから決まっていた。
街づくりの手本にした京都を流れる鴨川にちなんで名付けられたという説や、アイヌの言葉でサケを採る道具が「カモカモ」と呼ばれることから付いた名だという説などがあるらしい「鴨々川(かもかもがわ)」は、その水の上を歩けるようになっている。酔っぱらった目で橋の上から見下ろしたら、きっと僕は川の上を歩いている人に見えただろう。


やがてテレビ塔が見えてくる。
すっかり夜闇に馴染んだ塔は、さっき見たよりぜんぜん綺麗だった。
来年60周年を迎える札幌のシンボルは、東京タワーの半分もない大きさだけれどよっぽどチャーミングで、大通公園のベンチに座って見上げると、左右対称に描かれたイルミネーションは、冷たい空気の中でキラキラ光っていた。本州はすっかり梅雨だというのに、ミッドナイトの札幌はカーディガンを羽織っていても肌寒く、その澄んだ夜の大気できらめく灯りは、目に暖かかった。
周りに誰もいないのをいいことに、テレビ塔に一番近いベンチ群のどまんなかに、座ったり横たわったりしながら僕は、その灯りを独り占めした。
24:00、すべての電球はピンクを灯したあとすぐ消灯し、24:10には時間表示も消えた。それを合図に僕は立ち上がり、「家路」に着いた。

 

大通公園を歩いていると、噴水の止まった池のまわりで女がふたり、騒いでいた。すごく楽しそうな彼女たちを見るために、僕は離れたベンチに、酔っぱらいを装って座った。うなだれたフリをしながら彼女たちのことを眺めていた。
おそらく、あんまり顔はかわいくないけれど茶目っ気があってかわいらしい女は、Tシャツにショートパンツで「寒いよー!」と言いながらくるくる回っていた。おそらく、顔はめちゃくちゃかわいいけど男ウケが悪そうな女が、くるくる回る女を見て高らかに笑っていた。どうやらふたりは迎えを待っているようで、ヒマをもてあそんでいる。冷たい池の水をかけあったり、「しまじろう」の歌に合わせて踊ったりしている。男ウケの悪そうな女はダンス部らしく(ふたりは大学生だ)、茶目っ気女に、たまに振り付けを教えている。

平和な時間だった。
ブロンドの白人男性が彼女らの脇を通り過ぎるとき、茶目っ気は「グッバイ!」と彼に声をかけた。イヤフォンを外しながら男は「Good bye and night!!」と返し、はにかんで去っていった。粋だった。2度と会うことない、ゆきずりの関係にもなれない女たちに、すてきなさよならを贈りつつ、彼女らのすてきな夜を願う彼が、とても粋に思えた。なんてったって僕は、すすきのくんだりまで来て女を視姦しているだけだったから、なおさらだった。


彼が合図となり、僕は立ち去った。
碁盤目をめちゃくちゃに迷いながら、3日間を過ごした家に帰った。家主と、いっしょに押しかけた友人はもう寝るところだった。僕は「大通公園で女の子といっしょに踊ったわ。セックスできなくても、女の子と関われるだけで楽しいな」とウソをついたのだけれど、その話が盛りあがることはなく、彼らは灯りをつけたまま眠った。彼らの寝息を聞きながら、僕はすべての灯りを消した。
僕は、今宵の本当の出来事を忘れないように、iPhoneのメモに見たままを書き残して眠った。昨夜のように、人知れずトイレで泣くような愚行はせずにすんだ。

 


すすきのの街を歩きながら気づいたのは、ここを闊歩する女がやたらめったに歌い踊るということ。歌い踊る女たちは、大通公園だけではなく、すすきのの街にもたくさんいた。
すすきのの女は本当にやさしくて、だから僕は、そこに住む宿主を心底うらやましく思った。

 

うらやむって感情がいちばん情けないのはわかっているのだけれど、そう表現するしかない旅だった。