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ひとつ恋でもしてみようか

いつも同じようなことを言っている

ある夏の眠り

むかし、夏と海が好きな、汗をよくかき泳ぐのが下手な女とつきあっていた。彼女の誕生日は夏だったから、毎年誕生日に合わせて僕らは南の島に遊びに行った。戦跡や世界遺産を見ては、海を泳いだ。誕生日プレゼントをどんなふうに荷物に忍ばせようか毎回少し思案した。


いつかの夏、シュノーケリングしてたら、泳げないのに何度も何度も潜っていた彼女は頭痛をうったえた。
ふたりで海から上がり、白い砂浜の生い茂った木々の根元に敷いておいたレジャーシートに横たわってうとうとしていたら、いつの間にか眠ってしまい、なぜか同時に目を覚ました僕らは、焦って彼女のスマートフォンで時間を確認してから笑いあった。30分くらいしか寝てなかったのにじゅうぶんすぎるほど眠れた気がした。こんなに気持ちよく眠れたことはない、とふたりで興奮して言い合った。頭も治ったよ。よかった。
眠りに落ちる前より海に近づいた太陽によって足先は温められ、少し強い海風は熱い大気を冷やしながら僕らの体まで届いていて気持ちよかった。
あの眠りは、その後僕らが得ることのない最高のやつだった。僕らはあの眠りを求めて翌年もその次の年も飛行機に乗って海辺に横たわってみたのだけれど、それはやっぱりまねっこに過ぎなくて、僕らは最後まであの眠りに帰ることはない。

 

 

僕は夏がずっと嫌いだった、夏ならではの青春みたいなのを味わった覚えがなかったし、夏はいつも以上に何もかもうまくいかなくなった。暑くていいことなんてひとつもなかった。
自分のかく汗の臭いは気になるし、駒沢公園で上半身裸で日光浴するおじさんたちよりはるかに情けない裸体を人前に晒すのも億劫だ。
でもさっき、彼女と離れてはじめての夏が、なんだか少しだけ楽しみになっている自分に気づいてしまういい風が、住宅街を歩いていたら吹いてきた。


これから夏が来るたびにあの眠りを思い出すのだろう、いや、どうだろう。もっと良い恋ができるような気もする。
というか、もっと、とか言うのも味気ない。また、って言おうか。比べるものではなく、まねっこでもない、別の良い恋をする日がまた来るはず、たぶん。