読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ひとつ恋でもしてみようか

いつも同じようなことを言っている

かもしれない

いま読んでるマンガが、山の向こうはどうなっているんだろう、僕らみたいな変態は、この盆地には居場所がない、みたいな話で、ふーんって感じ。
おもしろく読んでるんだけど、なんか、田舎に住む思春期の青少年たち抱えるどうしようもない閉塞感みたいなのがイマイチわからない。僕が思春期を過ごした土地は、閉塞というより断絶だった。そしてその隔たりは、時がくれば自ずから飛び越えられる程度のものでしかなかった。少なくとも、当時の僕はそう思っていた。

 

中学高校のいわゆる多感な時期、僕は島に住んでいて、かといってそこは太平洋が見えるような土地ではなく、視界を遮るのは人の住む家だけだったから、「向こう側」みたいなものは想像したことがなかった気がする。しかるべき時、つまり、大学進学のときに、飛行機に乗っちまえば、この家からは離れられるんだ、としか思っていなかった。向こう側は、自らの運動で見える景色ではなくって、時間にちゃんと乗ってれば自ずから訪れるものだと思っていた、ような気がする。
それに実家の居心地は、僕にとってそんなに悪いものではなかった。僕がどうしても実家から離れて過ごしたかったのは、自分の好きなタイミングでオナニーがしたいってのと、あわよくば恋人をつくってワンルームでセックスしまくりたい、っていう理由だけだった。オナニーってのは、ちんちんをしごくってことだけじゃなくて、自意識をシコるみたいな意味も含んでいる。僕の家には壁がなくって、すべてが母に筒抜けだった。
あれ、これって閉塞感じゃね? まあでもそのときおぼろげに感じていたものに閉塞感という名を与えたってしょうがないし、あのころの僕はどうしようもないほどにイライラしていたわけでもない。東京に行くのは既定路線で、当時の僕は突発的な怒りに言動を荒げることはあったけど、それは日常のストレスがつもりにつもって爆発する、みたいなとは違っていた、と思っている。


うーん。
いろいろ書いたけど、本当にあのころ自分が何を求めていたのかまったく覚えていない。東京の大学に行けば何かが変わる変えられる、としか思っていなかった。
島に残りたがる友人たちには、まったく共感できなかった。僕は、彼らは何にもわかっちゃいない、とは思っていたけど、かといって、僕はわかっている、というような形で優越を感じているわけでもなかった。俺はまだ何にも知らないということを知っているそしてその知らないことを知りたい、という点で、彼らに先んじているつもりだった。周りの人たちが熱心に読まなかった倫理の教科書を読みかじって知っただけかもしれないね。


今となっては、島に残った彼らの方が自由そうに見える。なんてったって、彼らは自分で金を稼ぐようになったのだから。むしろ僕は東京に来てはじめて閉塞を実感している、のかもしれない。
冒頭で言ったマンガを距離おいて読もうとしているのは、中学生の主人公が、26歳の僕の欲望を、あまりにもたやすく達成しているからかもしれない。一回り離れた彼に嫉妬している、羨ましくなっている、のかもしれない。