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ひとつ恋でもしてみようか

いつも同じようなことを言っている

恩師に出会えない人 (東村アキコ「かくかくしかじか」を読んだ)

雑記 読書感想

無職なのにまったく生産性のない遊びにお金を使うのもなあ、と思ってここ3ヶ月くらいひとりカラオケに行ってなかったんだけど、大声出したすぎて、あと、ちょっと前に友人とカラオケ行ったら大学生のころよりだいぶ下手くそになっててヘコんでしまったので、「練習練習」と言い訳しながら、きのうはひとり、カラオケに行った。12時に入って、5時半に出てきた。66曲歌っていた。いま、めちゃくちゃ喉が痛い。ヒリヒリというよりズキズキ痛い。喉仏の右下が痛い。痛むことによって、僕は歌うときに声帯?の右側に力を入れて歌っちゃってるんだなあ、と気づく。偏りがあるらしい。酷使することによってはじめて気づく。



こないだ、東村アキコの「かくかくしかじか」を読んだ。「恩師」と出会えたアキコと、出会えなかった「石崎くん」の対比が痛かった。石崎くんは、絵画教室に入ってすぐ辞めてしまった、反抗的などーしようもない男。
先生の葬式に遅れてのこのこやってきて「漫画家になりたいんだけど」と漫画家のアキコにほざいておいて、けっきょく半年後に「やっぱり漫画描けない」ってメールしちゃうような奴。調子いい、というか性格があんまりよろしくない石崎くんに、少し心を寄り添わせてアキコは最後に独白する。

 

私には描けないお前の気持ちもよく分かるよ。お前もあの時教室をやめずに先生にもっとガッツリ習ってたら、あの竹刀でバシバシぶっ叩かれながら描いてたら、もしかしたら描ける人になってたかもしれないよ。

 
なんで、石崎くんはすぐに教室を辞め、アキコは教室で先生のパートナーにまでなったんだろう。ふたりの違いはなんだったんだろう。
たぶん2回しか「かくかくしかじか」に登場していない石崎くんの、初登場シーンを見返したら、彼と先生の対峙は描かれていなかった。アキコの記憶にないから。
ただ石崎くんが教室に入ったころ、創作に勤しむ先生の代理として生徒に教えていたアキコの、反省するような言葉が並んでいた。
「今思えば、私自身があの時絵に対して真剣に向き合ってなかったから、心のどこかで画を描くことを意味がないこととバカにしてて」……。


自身の死が近いことを知ってもなお、先生は生徒たちのことを考え続けていて、そんな先生はきっと、仮病をつかって早退しようとしたアキコをおぶったときのように、石崎くんとも真摯に向かい合ったんだろう。それでも石崎くんは教室を出て行ってしまった。彼はきっとおぶられていても、辞めていただろう。
先生は生徒たちに「やる気がないなら辞めちまえ」みたいなことは言わなかった。
描け、描け、描け。最後まで、それしか言わなかった。
彼はひたすら厳しかったけれど、それは生徒たちに絵を上手に描けるようになってほしかったからだ。生徒たちのやる気を無垢に信じたのが、先生だった。




書きながら思い出した。本当はべつの先生のことを書こうと思っていたのに。


中学生のころ、僕は音楽の先生に「独唱で地区コンクール出てみない?」と言われたことがあった。放課後、部活をサボって帰ろうとしていた僕を引き止めて、音楽教室横にある控室で、先生は言った。
「きみはいい声持ってるし歌が好きそうだからいいと思うんだけど。部活にも熱心ってわけじゃなさそうだし、いっしょに練習してみない?」。
僕は教育テレビに出ている合唱部の子たちみたいな表情豊かな歌い方がしたくなくて、誘いを断った。先生の言ってくれたことはすごく嬉しかったし、歌うことには興味があったのに、断った。周りの人たちに、表情豊かに歌う自分をバカにされるのがイヤで、断ってしまった。
「残念だなあ、私、教師生活長いけど、男子をコンクールに出してみたいって思ったのはじめてだったんだけどなあ」という甘言に改めて心地よくなったけれども、僕は、すみません、と言い残して、部屋を出て、校舎を離れ、校門を抜けてった。



もしあのとき先生に稽古つけてもらっていたら、こんな風に喉を痛めることはなかったんだろうなあ。