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ひとつ恋でもしてみようか

いつも同じようなことを言っている

待受

きょうの夕方の空は好きだった。1日降り続いた雨で淀んだ空に西日が滲んでいて、なんだかこの世の終わりって感じがした。あの空を見た母はいつも不気味がっていた。気持ち悪いと言っていた。それに返事したことってあっただろうか。僕は昔から、淀んだ空に西日が射してる光景が好きだった。

生活リズムがようやく整いそう。きょうは20時に寝て、0時に目覚めたりしたけど、なんとか3時ごろまで睡眠がとれた。きっと明日は22時に寝て、5時に起きれるだろう。そのペースをできるだけ長くキープする。

3時に目覚めて、ふと、昔つきあってた女とのLINEを開いてしまった。アルバムを見ると、見たことのない彼女の姿がたくさんあって、震えた。彼女が、戦艦の3段ベッドの中段に横たわっている写真を見たら涙が出てきた。
あのころの僕は、旅行から帰ってきても写真を振り返ることをしなかった。彼女のことが好きじゃなかったというわけじゃなく、それなりに、ニートなりの虚無に苛まれていて、振り返るどころじゃなかった。「ニートの虚無」だなんて言葉を吐いてることが知れたら、彼女はどんな顔するだろう。

あのころ僕が振り返っていた思い出はどれもこれも「現在」と断絶していて、それはノスタルジーというよりファンタジーで、妄想となんら変わらなかった。「現在」と地続きの「過去」を思い出すのはつらかった。「過去」の積み重ねが「いま」の自分だと思うと、何に対してだか誰に対してだかよくわからないけど、申し訳なくなった。あるいは、何に対しても誰に対しても申し訳なくなった。
あのころの僕は、彼女とつきあってなかったら、という平行世界の可能性ばかり思い出していた。そしていまの僕は、彼女とつきあい続けていたら、というパラレルワールドを夢見ている。

僕の待受はいまだに去年のクリスマスツリーの写真だ。シックでゴージャス、かつオーセンティックなそのツリーの風体は、いかにも僕ら好みだった。