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ひとつ恋でもしてみようか

いつも同じようなことを言っている

ららら

いま、ちょっと社会問題についていっちょ書いてみようかと思ってしこしこタイピングしてたんだけど、書きながら気づいてしまったのは、自分がですます調を使っているということ。読んでくださる方々を、自分の主張で納得させるためには、ある程度腰を低くしたほうが有効なわけで、だから敬語を使ったりするのはすごく理にかなっているように思えるのだけれど、そもそも僕はそんなに立派な主張を持っていない。だから、敬語で話したところできっと論の穴を突かれるし、というか第一、社会問題にいっちょがみしたところで、誰も読んでくれないような気がする。僕は多分そういうんじゃない。


しょーじきな話、政治、事件、ジェンダーの話、カルチャー、宗教、環境問題……世の中で議論が巻き起こるものってだいたい論点は出尽くしていて、つぎに議論が進展する機会があるとすれば、エクストリームな人間が世間に異議申し立てしたり、科学技術がブレイクスルーしたり、当事者の切実な証言が出てきたり、とんでもない天才が発掘されたり、戦争が起こったりなどなど、そういうネクストレベルに至る何らかのとっかかりがないといけないのだろうと僕は思う。そして、凡人であり当事者でもない僕にはそんなステップをつくる力はないしポジションにもいない。だから、社会問題について語るためにタイピングするのはとりあえずやめた。



書きたいこと、話したいことは、いくつかある。でもそれは、誰かについてのことであって、だからそれについて安易に話しちゃうと、その誰かを傷つけるかもしれないし、その人に嫌われてしまうかもしれない。すごくむつかしい。それに僕だってかっこつけたいから、その人たちについて語るなら、それなりの言葉と論理を情熱を蓄えてからにしたい。



しかし、僕がこうやって無職者になってしまったのは、社会に出る前にある程度に人間として完成してないと恥ずかしいよな、という思いがあったから、というのもあって、完成品になってから行動を起こす、なんてことは、「逃げ」でしかないというのはなんとなく実感していて……。面接で完璧な応対ができるようになるまでは就活戦線に復帰しないぞ、なんて思っているだけだった数年かの間に戦場は俺を必要としなくなったし、僕だってプライベート・ライアンのオープニング、見る分には楽しいけれど絶対に参戦したくはない、と今では思っている(自分だけは弾に当たらないなんて思えてたのはむかしの話)。いちどあの地獄を瞬間でも経験すると戻りたくなくなるのはみなさんも御存知の通り。赤紙来たら唇噛み締めながら「行って参ります!」って敬礼するかもしれないけど。……いや、いまとなっては敬礼する相手もいない。「御国のためにがんばってください」なんて言いながら僕のために涙を流してくれる人は、もういない。



いささか挑発的な文章になってしまったよ。



僕は、「言うことなくなっても歌っていたいのだ」と言って「ららら」できる人間をいっとう尊敬する。