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ひとつ恋でもしてみようか

いつも同じようなことを言っている

チェリーの思い出①

高校の修学旅行は自由参加で、クラスにほとんど友人を持たなかった僕は、行くかどうか迷ったけれど、行かないのというのもなんだか親に心配かける気がして悪いなと思い、行った。京都、長野、東京を4泊5日で周ったと思う。やっぱりそんなに楽しくなかったけど、いちいちよく覚えている。


僕はあの頃クラスに好きな娘がいて、彼女とはこっそりメールしたりして(彼女は部活に熱心な人気者だったので、僕が「こっそりできている」と思い続けられたのは、彼女と彼女の友人が大人だったからだろう)、彼女からのメールが来たときには、彼女の好きなスピッツが鳴るように設定していた。
彼女の部活の大会に応援に行ったこともある。僕は女の子にだけは内気だったので、女子とやたら仲良くできる親友といっしょに見に行った。2Lのアクエリアスを何本も買っていったのを覚えている。


修学旅行、どっかからどっかへ移動するバスのなかで、カラオケ大会になった。特に目立たない人間だった僕のもとにだいぶ遅れてマイクはまわってくる。当時の僕は友だちとカラオケに行くとハイスタや銀杏やエルレを歌っていたけれど、そんな曲はふだん教室で机に突っ伏して寝たふりをしているばかりの僕にはとても歌える気がしなくて(そもそもバスの簡易的な機器には収録されてなかったかもしれない)、だから代わりにスピッツを歌うことにした。クラスのあの娘が大好きな「チェリー」を、隣に座る、クラスで唯一仲の良かった男と歌うことにした。


僕の歌声をはじめて聴いたクラスメイトたちはざわついた。あのころ僕は幸運にも歌がうまかったのだ。「歌うまいんだ……」なんて声がどこからともなく聞こえてきた。照れてしまってはにかんでみたものの、実際はかなり得意になった。あのころの僕はいまよりだいぶ痩せていたし、自信もあったのだ。はにかみながらも「してやったぞ」と満足した。


修学旅行が終わり家に帰ると、彼女から「歌うまいんだね」とメールが届いた。


それからちょっとして、彼女は同じクラスのサッカー部の男子とつきあい始める。何の面白みもない男だと思ったけれど、友だちに冷やかされている彼女はとてもうれしそうだった。僕はケータイに残る「チェリー」の着うたと、彼女からのメールを消した。そしてすぐ別の人を好きになった(もちろんこの恋もうまくいかなかった)。




やがて卒業式がやってくる。卒業アルバムを開く。そのアルバムはとても気が利いていて、顔だけが写った証明写真的なものが1枚、それに加えてよりラフに撮影した上半身全体でポーズを決めた写真が1枚、そしてその人が3年間のあいだ日常やイベントのときに撮られた写真のなかで印象的な1枚、計3枚が、自分の名前と共に載る、というものだった。
どんな人でも自分の写っている写真を渡されると真っ先に自分を探すという話を聞いたことがあるが(たとえば愛する我が子といっしょに写った親も自分の写り具合をまず確認してしまうものなんだろうか、僕にはまだ我が子がいないので、わからない)、例に漏れず僕も自分のクラスのページをすぐに開いて、自分を探した。
僕の証明写真と上半身全体で写っている写真は、良くも悪くも凡庸だった。けれど、イベントのときに撮られた写真が、まさに修学旅行中に「チェリー」を歌っているときのもので、斜め後ろに座っていた、当時好きだったあの娘もいっしょに写っていた。その写真を見るまで僕は彼女がそこに座っていたことを知らなかった。
彼女は僕の方をしっかりと見て、微笑んでいた。ただ、その彼女の隣に座っていたのは、その後付き合うことになるサッカー部の男だった。彼も、驚いたような表情を浮かべて僕の方を見ていた。


ただ、彼女の写った欄を見てみたら、僕と同じようにあの修学旅行のバスのなかでマイクを握っている写真が採用されていて、勝手にうれしくなった覚えがある。彼女が何を歌っていたのか、僕はまったく覚えていない。


チェリーボーイのころの思い出。

 

 

そういえば、中高生のころは少なくとも季節に1回くらいの頻度で母が「おまえはまだチェリーボーイなのか情けないなあ」と言ってきた。大学に入って彼女ができた、と伝えてから、彼女はそういう冗談を言わなくなった。