ひとつ恋でもしてみようか

いつも同じようなことを言っている

はじめの意思

5月はだいぶ浮かれていて、ブログをあんまり書けなかった。
ひと月の日数よりも更新回数が下回ってしまった。


それは、いつもひとり鬱々としていた時間に、誰かと酒を酌み交わせるようになったから、誰かといっしょに素晴らしかったり薄汚かったりする音楽に(ときには悪態つきながら)耳を傾けるようになったから、夜から朝を通り越して昼過ぎまでいてくれる人がいたから。
それらはすべてこうやって文章を書いててたまたま得られた僥倖で、だからこそ僕は、ここに何かを書き続けることを疎かにしてはいけないのに、先月はすっかり浮かれていたように思う。


僕は上記した僥倖のためにブログを書きはじめたわけではない。誤解してほしくないんだけど、いまは確実に3ヶ月前より楽しい、去年の状態に戻りたいとは思わない。
ただ、まだ言葉にできないけれど、ぽつぽつと書き始めたとき、そこには何らかの意思があった。それは、誰かと分かり合いたいとか、誰かを傷つけたいとか、金が欲しいとか、そういう思いではなかった。僥倖は、言ってみれば「タナボタ」で、それはすごく嬉かったし今となっては失いたくないけれど、はじまりのとき、僕はそれを欲してはいなかった。落ちてきてはじめて棚にぼた餅が入ってたことを知ったし、ぼた餅がおいしいことも口に運ぶまで知らなかった。


僕は自分の意思をまだうまく説明できないけれど、その意思を保ち続けなくてはならない。それに、ぼた餅ばっか食ってたらぼた餅もなくなっちゃうかもしれない。


というわけで、今月2回目のブログ更新完了♬