ひとつ恋でもしてみようか

いつも同じようなことを言っている

意思は音と光 小沢健二ツアー「魔法的 Gターr ベasス Dラms キーeyズ」Zepp Nagoya感想文

7つの過ぎ去ったはじめてが、ラスト、親切にもダイジェストで再び鳴らされる。
それでも、3度繰り返されることとなった2つの、かすかな断片しか今は思い出せない。


言葉は重要ではない、と言ったら、語弊があるか。もちろん言葉だって重要だから。意思が言葉を、言葉が都市をつくるのだから。
しかし、じゃあ、ここでいう意思ってなんなのか、それはたぶんひとつには、音。一瞬の音、聴いたそばから次の音にかき消されていく音、それを記憶することのむつかしさ。それでも記憶しようとすることしたいと切実に願うこと、それが意思。
そして、あつまった人々の意思を、信じること。それもまた意思。


もちろん、何度も何度も聴いて口ずさんで心揺らしたメロディーやハーモニーやリズムだって親切にたっぷり奏でてくれた。でも、これは親切を装った挑発なのかもしれない。僕らのノスタルジックな心を撫でているふりして、摩擦を起こそうとしていたのかもしれない。
このメロディーを覚えていっしょに歌ってくれ、と執拗に言った彼は、僕らが7つの歌をひとときのあいだ覚えても「日常に帰ろう」の掛け声とともに少しずつ、あるいは魔法が解けてしまったようにあっというまに忘れることも知っている。どんなに感動的な瞬間もあっという間に過去になり、忘れてってしまう。
瞬間を忘れないために僕らはレコードしリピートするのだけれど、勝手にレコードしたら怒られるし、かといって、彼がそれをしてくれることもなさそうだ。
この世の中で意味あるものは、意味あるがゆえにリピートされるのではなく、リピートされることではじめて意味を持ったものたちだ。彼はそのことだって赤い台本に懇切丁寧に書いてくれている。


権力者は言葉になんか拘泥せず、強固な意思でどんどん現実を変えていく、とも彼は書いていた。平和憲法を自明のものとして守ろうとする「平和主義者」たちを、徹底的に挑発する。平和は、言葉によって実現するのではなく、意思によってつくられるものだ。

 

 

 

闇のなかで魔法の電子が放った赤と青と緑と紫の光、スクリーンに投影されたピンク。7つの音楽のメロディーをすべて忘れてしまっても、あの景色だけは忘れない。ひとつ500円の回路もまた、みなの意思だった。
俺は、お金がもったいないと思ってそれを買えなかった。
俺の意思は、はるばる行って、闇に身を投じたところで、途切れてしまった。
あとは、音と光と、そして言葉に涙を流し笑みをこぼすだけだった。